おだやかな痛み






 いつも、痛いんだよ。
















 当たり前に言うので、それはたいした事ではないのだと思い違いをしかけた。当たり前の事とは当たり前になっているのだから大事ではないのだ。どうでもいい、言い訳にちかいものを考える。
 ネロの指先がヴァイスの、兄の肌に触れる。ネロは誰かとの、人間でも人間じゃなくてもとにかく何かとの接触行為を嫌う傾向があった。そんな彼が自分から触れるという行為をするのは、めずらしいというレベルじゃなく唯一≠ニいっていいほどのもので──それはあながち間違いではなかった。
「………どこが痛いんだ?」
 愛撫のように。だがそんな意図はなく、ただ触れるという行為をしてくる弟へ、ヴァイスは問うた。
 ネロが笑う。弟の口元を覆っている拘束具はヴァイスが取ってしまったから、その様子がよくわかった。闇を制御するためとはいえ、ヴァイスはネロのからだを拘束するそれらを嫌っていた。弟のからだを、ネロ自身の闇に奪われている気になるからだ。あまりにもバカらしい思考は、弟にさえ言った事がないけれど。
「兄さんに触れているところ」
 だからいまは指先。
 そう言って、首筋を撫でるように触れていた指先は下り、鎖骨の部分を弾くように戯れて、ヴァイスの厚い胸板にまで辿り着いた。広げて、指先だけじゃなくてのひらで左胸に触れる。
 人間の心臓がある場所。
「じくじく、熱くなる気がする。痛いくらいに」
「……それはどういう意味だ?」
 意図的に問うと、ネロは目を細めて笑みをふかくした。
「やだな、兄さん。わかってて訊いてるでしょ?」
「ああ、」
 そうだよ、と笑いかけて、触れてくるネロのその手を取った。
 青白い、に近い白い手。
 細くてきれいなそれに、唇を寄せる。
「お前の手はいつも冷えているから、」
「………しょうがないよ、それは、」
「俺の熱をお前に分ける」
 唇を離して間近でささやき、ネロと視線を合わせる。
 ネロは笑っていた。
 ちいさく、それでも笑っていた。
「………うれしい」
 つぶやくような声に、その滲み出る感情に誘われるように、ヴァイスは弟のからだを抱きしめた。
 何の躊躇いもなく。
 やわらかに、つよく。
「お前の痛みも、俺の熱にしてやるから」
「……うん」
「それはお前の熱だ」
「うん」
 安心したような答に、ヴァイスは目を細めた。














 ───痛いと、弟は言った。
(……それは俺もおなじだ)























 いとしい弟。
 お前に触れるたびに、俺の熱はいつだって痛みを訴える。
 それはとてもやさしい、幼子の泣き声のようないとおしい痛み。











2006.2.12/ヴァイス×ネロ

















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