邂逅を選ぶ術は彼らになく






(あれ、)















 痛い、や。



























 ネロはすこし──というより、けっこう、驚いた。痛い。こんな肉体的な痛覚がまだ残っていたのか。精神的な痛覚はなぜかひどいくらいに敏感で、麻痺しかけているほどだったけれど──肉体の痛覚など、とっくになくなっているのだと思っていた。
 銃で撃たれたって、剣で切り裂かれたって、殴られたって、そんな事は痛みではなかったから。
 そんなものは痛みになる前に兄が癒してくれた。
 そんなものはほんとうの痛みではなかった。
 精神的な痛みさえ、兄が癒す事はできなくても慰めてくれたし、とにかくヴァイスという兄がいればネロはどんな痛みにだって耐えられたのだ──その兄を取り戻すためならば、またどんな痛みでも厭わなかった。
 光に焼かれようとも闇に喰われようともかまわない。
 兄のためならば何でもできたのだから。
 痛みなどどうでもよいと切り捨てる事ができたのだから───
(でも、)
 痛かった。
 いまばかりは痛かった。肉体の痛みを、ネロは認識していた。
 痛いのは腕だった。
 爪を立てられた腕。
(いたい)
 最後の最期まで、弟を離さないようにネロの腕に爪を立て、言葉を紡いでいたヴァイスの手。それは、いまはもう力尽きて床に落ちていた。
「兄さん」
 声に出して呼びかけても、彼の返事はない。そもそも、声としてちゃんと音になっているのか、それさえもネロは認識していなかった。
「………兄さん?」
 いつも守られていたのだと知っている。
 愛されていたのだとわかっている。














 ネロにはヴァイスしかいなかった。
 弟が愛して、愛されたのは、兄だけだった。
 そして驚愕するほどの純然たる痛みをネロに与えたのもまた、ヴァイスだった。
 爪が立てられていた腕が痛い。まだ痛い。
 血が流れ出る。
 どうせすぐに消えてしまう傷だろうけれど、
 ただそれだけで、
「兄さん、」




















 そしてその存在が死んだ。
 ただそれだけだった。










































 ネロはゆっくりと目を開いた。
「……………」
 開いた先にあるのはただの闇の世界で、何だ、と思う。
 ただの夢だった。
 夢だったのか、それとも記憶を思い出していただけなのか、曖昧なところだが。
「……兄さん、」
 顔を上げて、見上げた先には──兄がいた。
 答える事も、ネロに触れる事もできない兄の姿。
 ………死んで、
「もうすぐだよ」
 けれどその死から解放される。
 あと、そう、ほんのちょっと、行けば───
 ネロは微笑んだ。
 拘束具に隠されて、そんな事は見ている者がいたとしても、わからなかっただろうけれど。
「もうすこしで、兄さんに、会えるよ」



















 まず最初に、何て言おう。
 あのとき立てられた爪の痛みは、まだ残っていると言ったら笑うだろうか。
 ……笑ってくれるだろうか。












2006.2.12/ヴァイス×ネロ
















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