暫定的永遠
「うわ、」
弟だけは守り通そうと決めていたのに。
頭の片隅でそんな愚考をしていた。
「兄さん?」
不思議そうに視線を返してくる弟を見ていた。ネロの手首は細い。ヴァイスと違ってネロのからだは鍛えられているふうもなく(彼の能力を考えれば当然の事だが)、だからといってか細そいわけではない。それなりに鍛えられ、ほどよく筋肉はついている。
それでもその手首は細かった。
「兄さん、どうし───」
「ネロ」
名前を呼べば言葉を止める事はわかっていた。わかっていたから呼んだ。
ネロはいつものように自身の言葉を押し込めて、ヴァイスの言葉をまつ。そんな弟の手首をつかんで、部屋を出て行くのを拒んでから、ヴァイスは躊躇った。
───いまさら何を。
「ネロ」
いまさら何をしようというのか。ごまかすように呼んだ名前の在処は、ヴァイスにもネロにもわからない。寝室の薄暗さがさらに気持ちを落ち込ませた。そんなものはすべて後付けで、理由などというものはとうの昔に決まっている事だったが。
いまさら何をしようとしているのか。
決まっている。
どこにも行かせないようにするのだ。
弟を愛しているから、……どこにも行けないようにしてやるのだ。
「………兄さん?何か……言わないの」
不思議そうに見てくる弟は、そんな事は欠片も考えていないだろう。
弟はまるで兄の事を神のようにすばらしいものだと思っているところがあるが、実際はそんな事はない。
……どろどろでぐちゃぐちゃで、とても弟には見せられないような、そんなものばかりで構成されているのだから。
「お前は、」
何も知らない弟。
しぼり出すような声が出た。
「お前は俺がお前を縛りつけようとしてもゆるすか」
──とてつもなく愚かな言葉だった。
言葉にして悔やむ。弟は目を見開いていた。やはりネロは、ヴァイスのそんな思考を予想してもいなかったのだろう、……そう思った矢先。
ネロの両腕がヴァイスの首にまわった。
抱きつくように抱きしめられて、ヴァイスが驚くあいだに、ネロの声が耳元にささやかれた。
「……そんな事、ボクは兄さんにずっと願ってた」
独白のような告白に、わずがに目を瞠る。
「兄さんにそうされればいいって、ずっと、思ってた。おなじように、ボクが兄さんを縛る事ができたら、どんなに、って──だけど兄さんの気持ちはわからなかったから、ボクは──」
だからボクはいま、すごくしあわせだよ、と紡がれる。
その声音に滲む感情の名前を、ヴァイスは知っていた。
「ボクは兄さんのものに、兄さんはボクのものになりたい」
縋りつくような声に目を伏せて、ヴァイスはその髪を撫でるようにして抱きしめ返した。
「………どこまでも同じ事を考えている」
兄弟だな、そう冗談混じりに言うと、ネロの答も笑いを含んでいた。
「鈍いところも、ね……」
はじめてくちづけた弟の唇は冷えていた。
その唇が誘う。
「………ボクは兄さんになら何をされてもいい」
触れながら、
この瞬間が永遠に続けばいいと思った。
2006.2.12/ヴァイス×ネロ
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