シックスセンスの墜落






 ……こんなにつよく欲するものははじめてだった。

















 弟の声がせまい室内に響く。ぎし、とベッドが軋む音。ふたりの荒い呼吸音。
「に……さ、ん」
 かすれた声。乞われるままにキスをした。弟の中は熱い、と思う。それを読んだかのように、ネロが唇を離してちいさく笑った。
「兄さん、ぁ、熱い、ね」
 ……ああ、と、ただちいさくうなずいて、腰を動かす。ベッドが揺れた。弟の声も揺れた。
「ァッ……あッ、ん……!」
 あまい声だ。熱に浮かされた、快楽に蕩けきった声。動いているあいだもきつく締めつけてくる弟がいとおしいと思った。ヴァイスの背に爪が立てられる。
 つよく、奥まで突いてやると、弟が一際高い声で鳴いた。がり、と爪が背をひっかく。弟の爪にはきれいな黒が塗られていた。あれが落ちていなければいいと願う。
「ネロ……」
「……にいさ、にいさん、ア、すご、ぁ……イ、ィ、ッ……」
「ああ、俺も、だ」
 汗が滴る。落ちて、ネロの鎖骨の辺りに落ちた。そこにはヴァイスが衝動でつけた赤い痕が残っている。
 目元を赤く染めて、上気した頬には涙が伝っていた。透明な雫が、唾液といっしょに唇から落ちていく。そんなネロの唇から呼ばれるだけで、どうにかなってしまいそうだった。
「アッ、んッ、ヴァイス、にぃ、さん……ゃっ、き、キス、し」
 て。言葉がおわる前に叶えてやった。さきほどのような触れるものではない、こぼれ落ちた唾液と涙を舐め取るように唇を寄せて、半開きの唇へ舌を差し込む。口内も熱かった。舌を噛むと、繋がっているせいか気持ちよさがダイレクトに伝わってしまうらしく、びくんとからだが揺れた。可愛い。
 ネロはキスが好きだった。
 こういう、セックスという行為も好きだったけれど──それよりもキスが好きなようだった。キスをすると、安心したような顔になる。強張った力が抜けて、そっと瞳を閉じる。
「ん……にいさ……あッ、ァッ!」
「ネロ、」
 激しく、愛撫を重ねる。行き過ぎる快楽にネロの目が焦点を合わさずさまよった。目尻に溜まる涙を舐め取り、ささやく。
「ネロ……ネロ、離れるな……俺から離れるな」
「はッ、ぁっ、に、さ、兄さんッ……離れ、ない、よ……んッ、は、なれたりなんか、ふッ……ひ、ぁッ」
 からだがふるえる。絶頂が近い。意識をなくしかけるほどの悦楽に、弟が言葉を聞ける最後の瞬間まで、ヴァイスは言い続けた。
「ネロッ……離さ、ない──ネロ、ネロ───」
 吐息とともに吐き出すと、ネロの嬌声混じりの言葉が耳朶を打った。
 つよく爪が背中に立てられる。
「ぁっ……なさな、い、で、ヴァイス、にぃ、さんッ───」


















 泣き声に近い懇願は、どちらのものだったか。
 ……最後までわからなかった。

























 寝息も立てずに、死んでいるようにしずかに眠るネロの横で、ヴァイスは起きていた。
 けだるい空気が流れる中、せまいベッドのうえで上半身を起き上がらせて弟を見下ろす。
 ──ネロの黒はきれいだ。
 弟を縛りつける拘束具や包帯というものがヴァイスは嫌いだった。ひとつは弟が闇に縛られているようで嫌だという理由、もうひとつはせっかくのうつくしい闇を押さえつけているのがもったいないという理由だった。
 矛盾しているようだが、どちらもヴァイスの正直な感情だ。
 ネロの闇を憎み、同時に愛している。
「……愚かだな」
 ちいさく笑って、黒髪にくしゃ、と撫でるように触れる。
 寝顔は身じろぎも何もする事なく、安心しきったように目を閉じて眠り続けている。
 ───こんな、ネロの素顔というものを見た人間はほとんどいない。
 ずっとずっと、誰にも何かを曝け出す事さえゆるされず、それこそ闇のなかにいた弟。
「ネロ」
 名前をささやく。
「もうお前を──ひとりでどこかに行かせたりはしない」
 言葉を発する事さえゆるされない、ふかいふかい闇の中。
 その中に閉じ込められる事など、他の誰でもない、ヴァイスがゆるさない。
「………離さない」






















 欲しいのはこの弟だけ。
 もう、誰にも奪わせない。












2006.2.18/ヴァイス×ネロ
















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