やさしくあいして
「ボクはしばらく兄さんとお話しません」
す、と立ち上がると、そのまますたすたとネロは歩いて、部屋を出て行った。
となりの部屋の扉がばたんと閉まる音。いつもとおなじ音だが、しかし部屋に取り残されたヴァイスはため息を吐いて──笑った。
「ヴァイスはネロにあますぎなのよ」
見ていて吐きそう。心底嫌そうな顔で、ロッソは言った。朱がまず目につく彼女は、今日は敵≠煬ゥ当たらずにひまだ、と嘆いていた。アスールのようにさがしに行けばいいのに。今日はそんな気分ではないと彼女は言った。
「ほんといつもべたべたしてて暑苦しい。あんたの強さとネロの闇がなかったら、とっくに殺してるわよ」
「そうか」
「そうよ」
ふん、とロッソは鼻を鳴らした。赤い髪を揺らして、古びた椅子を軋ませて、ヴァイスの方を向く。ヴァイスはといえば、ベッドに座って聞いているのかいないのか視線を適当にやっている。いちおうロッソの方を向いているが、見てはいない。
ロッソはため息混じりに続けた。
「あんたは最高だけど、ネロに関してのあんたは最低」
「そうだな」
「よくこんな場所で、そんな事できるわね」
ヴァイスはそこで、ロッソを見た。
不思議そうに問う。
「そんな事?」
「こんなディープグラウンド≠ニいう場所で、そんな弟にかまう℃魔ェできるわねって事」
あんただったら、いますぐにでもこの世界を制圧する事ができるでしょうに。
あきれたような彼女に、ヴァイスは一瞬沈黙して、それから笑った。
「バカな事を言う」
「バカですって?」
「ネロを愛するなんて当然の事だ。場所も状況も関係ない」
さらり、と言われて、今度は逆にロッソが沈黙する番だった。しばらく唇を閉ざして──やがてそこから、ふかいふかい、息を吐き出す。
今度は疲れたようなものだった。
「惚気なら他でやりなさいよ」
「惚気?」
「天然はもういいわよ。はぁ、ったく……はやくそんな腑抜けなヴァイスじゃなくて、いつもの純白のヴァイスにもどってよ。調子狂うでしょ」
「ネロがまだ怒っているんだ。調子がもどるわけがないだろう」
「………あんたに忠誠誓ってる奴らが聞いたらどんな顔するでしょうね………」
この弟バカめ、と毒づいて、ロッソは続けた。
「弟の始末ぐらいさっさとつけなさいよ。いっつも兄さん兄さん言ってるあいつをどうにかなだめるくらい、当の兄さんのあんたなら簡単でしょうが」
「しばらく口をきかないと言われた」
「………ガキ」
がっくりとうなだれたロッソに、ヴァイスは独白のように言う。
「よくわからないんだが、話していたら怒ってしまった」
「あきらかにあんたが理由でしょ。考えて解決しなさいよ」
「ああ……いや、理由はわかっている」
「へぇ?」
「あいつ、嫉妬しているらしい」
「………はぁ?」
「俺がいま、こんなふうに、誰かと話しているのが嫌だと言っていた」
………コメントのしようがなくて、ロッソは黙ってしまう。
ヴァイスはちいさく笑った。
「可愛い奴」
「…………わたし、疲れた。ちょっと外出て殺してくる」
「そんな気分じゃないんだろう?」
「いまそんな気分になったのよ。殺戮殺戮!」
物騒な単語を──ここでは物騒でも何でもないが──言いながら、ロッソはすたすたと去っていってしまった。ヴァイスはまばたきしながらそれを見送ったが、最終的には息を吐いて弟の事を考えた。
「いつ出てくるかな」
待つのは退屈だと、ヴァイスは思った。
弟がこうやって怒る℃魔ヘ、いい事だとヴァイスは思っている。
ネロは感情を曝け出す事を知らない男で──こんなところにいれば、そうなってしまうのも無理はないが──兄と呼ぶヴァイスに対しても、それはおなじだった。
けれどいっしょにいるようになって、だんだんと、すこしずつ、見せていくようになった。
はじめは兄にこたえるように、愛情に。
怒りや反抗、嫉妬、かなしみ、それらは愛情の次に。
当然ヴァイスはそれを喜んで、とてもうれしく思っている。
だからついつい、故意に怒らせる事もときどきある。兄を愛しきっている弟が怒る事は、滅多にないのだ。
怒る姿が見たいのではなくて、感情を見せるネロが見たい。
だから。
「………兄さん」
キィ、と軋んだ音を立てて扉が開く。
気配にはとうに気づいていたので、ヴァイスは驚かずに顔を上げた。
「───ネロ」
しばらく扉の前に立っていたらしい、弟の姿があった。
兄の前ではたいていそうなように、拘束具ははずしている。顔の包帯もなかった。
「あ……あの」
───こういう表情も。
見たいのだ、とヴァイスは思う。
怒りが鎮まった後の、気まずそうな、焦ったような、どうにかしようとして、けれどわからないというような困惑した顔も。
怒らせるのは、そういう顔も見たいからだ。
言えばきっと、……ずるいと、それこそネロは怒るだろうが。
「兄さん、」
部屋の中に入り、意を決したように顔を上げて。けれどすぐに目をそらす。
そんな様子に笑った。
……ほとんど一方的でも、きっとこれは兄弟喧嘩≠フ域に入るのだろう。
そうなると、仲直り≠烽オなくてはならない。
喧嘩の仕方は教えたが、仲直りの方法は教えたかなと、適当に記憶を探りながらもヴァイスは手をさしのべた。
「ネロ」
微笑んでやる。
それに気がついて、ネロが視線をヴァイスにもどした。
「おいで」
ささやくように言うと、安堵の色がわずかに滲んで、ネロがベッドの上に座るヴァイスに歩み寄っていく。
ヴァイスの手を取って、やさしく引き寄せられるままに彼の膝の上に乗った。
自然と手は離れて、ネロの両手がヴァイスの首に絡まり、ヴァイスの両手はネロの腰にまわる。いつもとは逆で、兄が弟を見上げ、弟が兄を見下ろした。
「……怒りはおさまったか?」
「………ごめんなさい」
答になっていない答を返して、ネロはまだ不安の色を湛えた目をヴァイスに向ける。
「兄さん、……ゆるしてくれる?」
「何を?俺は怒ってもいないのに」
「怒ってない?」
「ああ。最初から」
「よかった」
そこでやっと、ネロはちいさく、わずかだが笑んだ。
不意にその顔が近づいて、つめたい唇が額に触れる。
「………兄さんがいなくなったら、って思うと不安で、………」
それと同時に、ささやくような告白。
さきほど怒った理由だろう。その後は言葉が見つからないらしく、口をつぐんだネロにヴァイスはささやいた。
「俺はお前のものだ」
ことさらやさしく、安心させるように。
真実を。
「だから俺はいなくならない。お前が俺を必要としなくなっても、いなくならない」
「…………そ、か」
ネロが唇を降下させて、ヴァイスのそれに触れさせた。
すぐに離れて、吐息がかかるほどのちかさで言う。
「うん」
「何だ?」
「ヴァイス兄さん」
うん?と、言葉を促すように相槌を打つ。
赤い目と視線が合って、それは笑った。
「仲直り、これで、できたんだよね」
………そう、まるで無防備に笑う弟。
それに笑い返してうなずく。
弟がこんなふうに感情を曝すのは、兄の前でだけ。
その何度目かの認識した幸福を、じんわりと噛みしめた。
2006.2.22/ヴァイス×ネロ
妄想設定→時期は考えてないけど、ヴァイスの考えに賛同する人や後々ズィーガーヴァイスになる方々は、いっしょの建物に住んでてそこを拠点に生活しているとMOEという妄想、に基づいて書きました。まるちもーどプレイしてないですごめんなさい。
それにしても書いてる途中兄さんに「おいで」と言わせてみたくなって言わせたんですがめちゃくちゃあまくなった気が。恥ずかしい…おおぅ…ば か っ ぷ る!
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