楽園追放






「兄さん」
 拘束具をとると変な感じだ。もうすっかりこれには慣れてしまっているので、背中についている翼のようなおかしな機械さえ、はずすと変な感じがする。あるべきものがない、そんな気分。
 どうでもいい違和感を憶えながら呼ぶと、ヴァイスはネロを見下ろした。拘束具と機械をはずした手で、次はネロの顔を覆う包帯を取っている──その手の動きは止めないまま、兄は答えた。
「何だ?」
 しゅるり、というような、包帯と肌が擦れるかすかな音に重なり、ささやく声。
 ヴァイスの低い声が好きだと、どこかで思った。
「外≠ノ行きたいと思う?」
 見上げて問うた言葉に、ヴァイスはまず眉をひそめた。
 顔を覆う邪魔なものをすべて取ってしまって、拘束具もなくただ素顔をさらす弟を見て、逆に問い返す。
「なぜそんな事を?」
「……べつにいま思いついたわけじゃないよ。前からときどき考えてた、」
 ただ知っている事といえば、ディープグラウンドというこの闇にはないひかり≠ェあるという事だけ。
 この兄が持つ名のように。
 とてもきれいなひかり。
「ここを出たいのか?」
 いや──愚問だな、とつぶやくヴァイスにかぶりを振る。
 開いた唇から本音がこぼれた。
「兄さんがいるなら、ボクはどこにいたっていい。ただ兄さんは──外≠ノ行きたいと思う?」
 言葉は疑問というよりも懇願の色を滲ませていた。
 ヴァイスがかすかに目を瞠るのを視界におさめながら、ネロはさらに言葉を紡ぐ。
「……兄さんならいつか、ここを出る事ができるかもしれないし──兄さんなら、それを、望むのかって──」
 ひかりの名を持つ兄ならば、この闇の世界よりもそちらがふさわしいだろうと思うときがある。
 だからこそそれを望むかもしれない。
 この世界を捨てて、そこへ行く事を。
 闇の名を持つ弟には、望む事さえできないそれを、兄は───
「……そんな事を思っていたのか?」
 ふ、と。
 降ってきた答はあきれの色とため息を混ぜ合わせ、それは兄のおおきな腕とともにネロを包み込んだ。
 抱き込まれているのだと気がついて、目をぱちくりとさせながらヴァイスの腕の中で兄を見上げる。すぐ間近でヴァイスが微笑んでいた。ネロが欲するやさしい微笑が目の前にあって、今度はまばたきもできなくなる。
「お前は自分がどんなに愛されているかわかっていないな」
「………え?」
「俺はお前と生きているというだけでいい。場所など──関係ない」
 わかるか、と。
 ネロの黒髪にやさしく撫でるように触れて、ささやく。
「ネロ」
「…………うん、」
「お前とおなじだ」
「そうだね、」
 ようやく口元をかすかに笑みのかたちに綻ばせて、ネロはちいさく首肯した。
「……兄さんに置いて行かれそうでこわいんだ」
 そしてぼそりとつけ加えられた言葉に、ヴァイスはわずかに身を離してネロをしっかりと見た。
 だがネロはわずかにうつむいていて、顔を見せない。
「ネロ」
 だからその頬に手を添えて、やさしく、それでいて逆らう事をゆるさないつよさで顔を上げさせる。
 こつんと合わせた額から、体温が伝わった。
「俺はここにいる」
「……………」
「離さないと何度言えばわかる?」
「……兄さん、」
「もっと──思い知らせないと駄目か?ネロ」
 問いに答を返す前に、唇が重なっていた。
「ぅっ………ん、」
 腕が反射的に伸びて、縋るようにヴァイスの背にまわされる。
「んッ、───にい、さ」
「お前を連れて行くよ」
 奪うようなくちづけの後に、額や頬に唇を落としながら言う。
 ちゃんと伝わるように。
 思い知らせるために。
「たとえ外≠ノ行くときがこの先あったとしても──そのときはお前を連れて行く。そのときが来るとしても、俺だけじゃない。お前にもその世界を見せてやる」
「ッ、………兄さん───」
「だから、」
 もう一度唇に、触れるだけのキスをおとして、
「ついてこい。ネロ」

























 ───どこにいたっていい。
「………連れて行って」
 兄が弟がいるならば、そこは必ず、
「置いて行かないで」



















 たとえようのないほどうつくしい、楽園になるから。












2006.3.11/ヴァイス×ネロ

















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