2006.1.21/四段目






「おかえり」












 宴九段が西東天の自室に訪問すると、彼は読んでいた本から目を離し、振り向いた。そして、ああ、と言ってそう挨拶した。
 当たり前のように。
 わかっていたとでもいうように。
 ────……おそらくその両者だろう。
「俺に何か用か?」
 ……そしてこれは彼の素の問いだろうが、しかしひどいものだと九段は思う。
「………挨拶だけれど」
「めずらしいな、お前が挨拶なんて」
「あなたはいつもそんなふうだ」
 ついつい九段は言葉をこぼした。彼があまりにもいつも通りだからだろう──彼女はすでに本に目線をもどしている彼の背へ、扉の付近に立ったまま言った。
「私がいくら裏切ろうとかまわない」
「かまってほしいのか?可愛いなお前」
「そういう事を言っているんじゃ──」
 彼は食い下がる九段に、面倒そうにため息を吐いた。本を閉じ、それを置きながらふたたび振り返る。
 狐面をかぶっているから、どんな表情をしているのか九段にはわからない。
 わからないけれど───
「じゃあどんな事を言っているんだ?九段」
「……………」
「裏切りを糾弾してほしいか?俺に離反するなと脅すのがお望みか?」
「………違う」
「違う?じゃあ何だ?」
 彼は面をかぶっていながら、相手と話すときは目を合わせてしゃべる人間なのだとわからせてくる空気を持っている。
 見えないのに、その目に射貫かれる気分で、九段は拳を握りしめた。
 ───宴九段はこの男がこわい。
 滋賀井統乃として、この男に出会ったそのときから──こわくてこわくてしょうがない。
 だから敵にまわしたくなくて、部下になった。
 けれど味方でいるのもこわくて、何度も裏切った。
 それでも恐怖は消えずに──結局、もどってくる。
「お前はたぶん、普通≠ノ近い人間なんだろうな」
 不意に、彼が言った。
 意外な──はじめて聞くような言葉に、九段はわずかに眉をひそめる。
「人並みに俺に恐怖している。《十三階段》は変な奴を集めたつもりだが、まぁ──頭巾にはかなわねぇが、お前も、それにちかいもんだよな」
「……どういう意味?」
「とくに意味なんかねぇよ。ただ事実を言っただけだ。だがどちらにしても、お前はすでに普通を捨てた人間。普通ではありえなかった人間。ただ、その可能性があった人間──」
 彼が笑った。
 仮面の向こうで、九段に向かって、ふかく。
「お前が敵ならば、それはそれでおもしろかったのだろうな」












 ───ひとりごとに近い、宣告。
 心臓が凍るのを、感じた。












「………私は、ごめんだ」
「ん。そうか?」
 まぁ、もうお前は候補から外れているしな。
 彼はそう言ったきり、九段に興味を失ったように──最初からそんなものはなかったのだろうが──手に持っていた本に、また視線をもどした。
「…………」
 その背中を見ながら、九段は考え込んだ。
 彼に敵対した事はある。
 そもそもそれがきっかけで、こうして彼に近づく事になったのだ。
 だからこそ、思う──もう二度と、敵にまわしたくない、と。
 味方でいる事さえ恐怖。
 はじめから、関わらなければよかったのだ──だがそれも、いまさら遅い。何もかもが手遅れで、何もかもが悔やまれる。
 だから、裏切り続ける。
 何度も何度も何度も、

















「狐さん」
 九段の呼びかけに、彼は背中を向けたまま相槌を打つ。
「狐さんの恐怖のおわりはいつ見れるのかな」
 答はなく、笑い声だけが返ってきた。























 ───おわりは、まだ来ない。
 ゆえに裏切りは続く。

















《架空兵器》/宴九段





九段さんにとっての世界のおわりは、意味的なところだと狐さんへの恐怖のおわりだと萌えるな、という。ただそれだけ…
裏切り、って響きはけっこう萌えたりするんですが、九段さんがどれくらいどんなふうに狐さんを裏切っていたのか知りたいです。
九段さん(つーか《チーム》の皆様)、もっと出てほしかったな…兎木吊とか…大将…とか…ぐすぐす。








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