2005.12.24/六段目






 どん、と───











 仮面が落ちる。髪と浴衣と細いからだと曝された素顔。そのすべてを畳の上に、ただ単純に組み敷くというかたちで、彼は、西東天の手首をつかんで押しつけた。
「痛ぇんだけど」
 そうして、ただ黙してその姿勢を保つ男に──時宮時刻に、どうでもよさそうに、いかにも面倒そうに西東天は言った。
 ため息を吐いて、ほんとうに、どうでもいいというように。
「時刻。手、離せ」
「嫌だと言ったらどうしますか」
「べつに。どうにもできねぇさ。俺は何の力もねぇが、お前は《呪い名》つってもそれなりに力はあるだろう──《殺し名》ほどじゃないにしても」
 なら素人の俺がかなうわけがねぇ、そう、笑う。
 いまの状況は、何でもない事のように。
 ……たしかに何でもない事なのだろう。予想はしていたが、時刻は改めて確認した。
 彼にはどうでもいいのだ。
 こんな事。手足の一本が、頭を──喰おう≠ニしている事など。
「で、何だ?なるべくお前の望みを叶えてやるから、せめて手の力弱めろ。逃げたりしねぇよ。お前が本気を出せば逃げられるわけがねぇし」
「僕の望みを叶えてくれるんですか?狐さん」
「ん、何だ、だからこうしてるんじゃねぇのか?まさか仲良く平和に話すためにこうしたわけじゃないだろ──それなら、押し倒す必要もないだろう」
 そうして、いつものように、笑う。
 時刻はそれを、ひどく冷めた心地で見下ろして──目を合わせる。
 彼を操想術にかけようなどとは思わない。
 そんな無駄な事を──しようとは。
「そうですね、あなたの言う通りです──あなたの言う通りだ狐さん。僕はね──あなたを抱いてみたいんです。いいですか?」
「ふん。つまらん願いだな」
「望み、というより欲みたいなものです。世界がおわるというのなら、僕は心残りを放置しておきたくはない──それだけですよ。だからいまこうしている」
「お前、同性愛者だったか?」
「いいえ、むしろ理解できない方なんですけれどね──でもあなたなら。あなたとなら、よさそうだ」
「は───」
 嘲笑のようなものを浮かべて、西東天は、目を細めた。
「お前と、ね。気持ちよくしてくれるなら、いいが。俺は快楽に弱い男でね」
「だからって、あっさりすぎませんか?」
「幸か不幸か──俺が男にもてるときは、こういうパターンが、多い」
「頼知くんとか?」
 彼は笑みをふかくしただけだった。
 それからほら、と顎だけで促す。
「やるならさっさとやれ」
「………僕の望みを聞いてくれるんですね」
「そう言っただろうが。ま、最近俺もしてねぇしな──約束してやるよ。叶えてやる」
「ありがとうございます」
 時刻も笑った。
「壊さないよう、気をつけます」




















 手首はほんとうに、つよくつかんでいたらしい。
 自覚はなかったが──すでに跡が残っている。そう、時間は経っていないというのに。
「何だ……集中しろ、おい」
 彼の言う通り手首を離し、愛撫を重ねていると、解放した手がぱしんと時刻のあたまをかるくはたいた。時刻はむっとして顔を上げる。
「失礼ですね。集中してますよ、あなたに」
「身もふるえるような殺し文句だな」
 余裕の微笑がすこし苛立ちを誘って、首筋をあまく噛む。
 びく、とからだがかすかにふるえて、押し殺したような吐息が耳に届いた。
「………は、」
 かすれている。
 そのまま、耳元でささやいた。
「あなたの望みは、」
「………?」
「何ですか、狐さん」
 教えてくれますか、と──あまくつめたく、問う。
「何………ッ!」
 がり、と、今度はつよく、鎖骨の部分を噛んだ。
 跡が残るほどつよかったせいか、わずかに彼が顔をしかめる。
「僕の望みを叶えてくれたお礼に──僕もあなたの望みを叶えたいと思うんですよ。ええ、これも、世界のおわりを見る前にしておきたい事のひとつです──あなたはとてもおもしろいひとですからね。あなたに選ばれたおかげで、僕は少なからずたのしいといえる日々を送っている──そのお礼と考えてくれてもいいです。両方正解ですから」
「望み……?」
「あなたの望みを。僕は知りたい。ええ、世界のおわりを見たいという事はわかっていますよ──それがあなたのすべてで、最優先なのだと。ただ、それ以外に何かないのですか?貪欲ともいえるあなたが、それ以外にないとはあまり考えられない──」
 望みを、と、時刻は繰り返した。
 目を合わせる。
 彼はまっすぐに、狐面に隠されていない瞳で、時刻を見た。
 時刻も目をそらすなどというバカな事はしない。
「僕に叶えられる事ならば叶えますよ──狐さん、あなたは、何を──」

















「─────明楽」

















 ───しずかに。
 時刻のすべてを遮るように、まっすぐに、鋼のようにつよく糸のように細く、羽根のようにやわらかく彼の意志のようにつよくやさしく穢れひとつなく───
 彼は告げた。
「明楽がほしい」
 繰り返すように、はっきりと言われた。
 時刻は思わず息を止め、悪戯のように触れていた手も一瞬、離した──動揺していた。驚愕していた。焦っていた。
 ────こんな答は予想していなかった。
 彼が望むのが──世界のおわりの次に、あるいは等しく望むのが──
 ……こんな、ものだなんて。
「………冗談だ。何て顔してやがる、時刻」
 しかし次の瞬間には、彼はいつものようにひとを小ばかにしたように笑い、言った。
「俺が望むのは世界のおわり。それ以外には何もない。この物語を読み終える事──それだけさ」
「…………わかり、ました」
 声が、かすれないように──かすれていないようにと願いながら、時刻は彼の頬に触れた。
 つめたい。体温の感じられないつめたさ。
 ───いっそ、冷酷なほどだ。
「世界のおわりを──手足として、あなたに捧げます──狐さん」






















 バカみたいだと思いながら、つめたく濡れた唇にくちづけた。
 その唇がその名前を二度と刻む事のないように。
 二度と、それが音とならないように。
 ……呪いのように、壊れろと想った。

















《操想術師》/時宮時刻





い…石投げないで、くだ、さい…(ガタガタ)
ぶっちゃけこの話がめっちゃ書きたくてですね…うん…十三階段のなかでベストスリーに入るぐらい書きたかった話だったのでもう楽しくて楽しくてしょうがありませんでした時刻×天→明楽!(茨にもほどがある)
同志が抱き合って片方は同類を想っているなんて萌えませんか。…ほんとすみません…(またやりたい)(黙れ)








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