2005.12.24/八段目






「答えなくていい」
 言われるまでもなく答えるつもりはなかった。なぜならば彼は、闇口濡衣のあるじではない。理由はそれだけだったし、それがすべてだったので、それだけで充分だった。
「答えなくていいが──聞け」
 命令だった。彼にはその意図がなくても、それは濡衣にとって命令以外のなにものでもなかった。
 濡衣はもうその命令を聞く必要はなかったし、される憶えもなかった。
 けれど濡衣は彼に用があった。だから黙したまま、彼の声を聞いた。ゆっくりと狐の面をはずし、部屋のなかでひとり、男は言葉を紡いだ。
 西東天。
 人類最悪。
「お前はもう、十三階段を抜けたからな、それならば──そう、だから、だ。もう完全に俺との縁がなくなるお前に、あるじというものを持つお前に、だから話そう。できるならお前のあるじにも話してほしくねぇ事だ──隠密な、話だ」
 そして、つまらん話だ。
 人類最悪の男はそう言って一息吐き、それから続けた。
「俺はな──どうも、泣き方がわからねぇんだよ。頼知が死んだ事は知ってるだろ?あいつはけっこう役に立ったし──貴重な《呪い名》だったし──いい部下だったんだ、うん。でもあいつが死んでも、その死体を見ても、苦しみながら死ぬ様子を見ても、俺はあいつの死に泣く事ができない」
 奇野頼知。濡衣は心のなかでその名前を繰り返した。
 十三階段のうちひとり、《呪い名》の奇野。
「理澄が死んだときも、出夢が死んだときも、俺には泣けなかった。あの双子の死はしょうがないものだと思っていたからかな──両親が死んだときも俺は泣けなかった。ああ、死んだのか。そうとしか思えなかった。このおもしろい世界に生んでくれた両親に感謝はしてるさ──けれどそれだけだ」
 天才。
 両親に、双子の姉がいなくなっても──ひとりで生き、しかしひとりではなく周囲の人間たちを巻き込みながら、生き続けた天才。
 いまは、遊び人である──狐。
「双子の姉がいなくなっても、誰がいなくなっても、俺には泣けなかった。どうなんだろうな──これは。俺はおかしいのかな」
 ああ、でも、と。
 たったいま思い出したように、彼は言った。
 濡衣はそれを聞く。
 目を細めて、ふと笑った、彼を見ながら。
「十年前に、泣いた気がする」
 十年前──
 西東天が、死んだときの事だろう。
「俺の死に潤の死に純哉の死に──明楽の死に。俺は、泣いたのかもしれない」
 もう憶えていないし、明楽は生きているがな。
 男はそう笑い、仮面を手に取った。
「お前は泣いた事あるか?」
 なぁ?と、それはまるで、挑発するようだった。
 それを受け、濡衣は手を伸ばす。
 背後から音もなく──完璧に、何の音もなく──左手を、頚動脈に当てた。
「……冷てぇよ」
 笑いを含んだ声。
「悪かったな。暗殺者の──《殺し名》の涙ってのは存在するのか、っていう、ただの興味だ。お前の用には関係なかったな──答えてやるよ。闇口濡衣」
 手が、
 ───手が触れる。
 濡衣のからだに、仮面を持っていない、男の手が。
 濡衣の右手に触れ、そのまま肩を越え、自身の方へと持って行く。











「───お前を恨んだりしねぇよ。俺に──何をしても、な」











 口元に濡衣の手が運ばれて、ぺろり、と指が舐められた。
 顔は見えない。
 見えないが──赤い舌が挑発している。
 おそらく、彼は──笑っているだろう。
 濡衣はゆっくりと、彼の首筋に唇を寄せた。
 冷てぇ、と、また、抗議された。

















《暗殺者》/闇口濡衣





…あれ?なぜこんな事に…あ、あれ…?
これで濡衣さんがおっさんだったらどうしよう。いやおっさんだいすきなのでいいですが。濡衣さんだいすきなのでいいですが。つーかたかしは三十九歳だもんね。可愛いよ三十九歳。
といってもたぶんここまでだと思います。だって顔見られたらこまるもんね濡衣さん!(もう黙れ)








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