2005.12.23/十二段目






「狐さん」
「何だ」
「俺、死ぬかもしれません」










 彼は顔を上げた。狐の面ははずされている。
 彼と目が合った部下、奇野頼知は──言葉はいつもとは違い重く、真摯なのに、表情はいつものようにあかるく笑んでいた。彼は読んでいた本を傍らに置き、頼知と向かい合って座るため、からだを動かし足を組み直す。
 頼知は正座していた。夏に心地よい、つめたい畳の上で。
「なぜそう思う?」
「んー、何となくです。ほんと、何となく。予感みたいな?」
「予言者か、お前は」
「いや、テストのヤマとか、あたった試しないんですけどね俺。でもたぶんそれって、いま言った事があたるために──そう遠くない未来に実現するために、はずれ続けてきたんですよ、きっと。だからこの予言、当たりますよ」
「ふん……」
 彼は表情を変えない。頼知は続ける。
「うん、だから死ぬかも、じゃなくて、死にます。近いうちです。たぶん、冬は迎えられねぇなぁ、俺」
 寒いのは嫌いだからいいけど、と、頼知は笑う。
 何でもない事のように。
「ほんとはね──うん、まぁ、根本的には何となく、ですけど。真心を見てて思ったんですよ。俺、死ぬなぁ、って」
「真心に殺されるという事か?」
「たぶん」
「ならば──お前は真心から離れる事を望むか?その予感があたらないように」
「いやいやいや、んな事望みませんよ!つか、そんな事しても死ぬと思うし。狐さん的に言うなら、運命?ってやつかな、これ」
 何しても、近いうちに死にますよ。
「ずっと前からわかってた気がします。あなたに出会ったときから」
「……それはまるで、俺がお前を殺すようだ」
「ですね。うん、でも意味は間違ってないと思います。狐さん、俺を殺すでしょう?」
「どういう意味だ」
「明楽さんみたいに」
 名前を出す。
 彼は表情も何も変えなかったが、唇を閉じ──ただ、身に纏う空気が、すこしだけ変わった。
「俺を、生かす事はない。だから俺が死んだとき──狐さんは、自分のなかから、俺、殺しちゃうでしょう」
「…………」
「それでいいんです」
 俺が言いたいのは、と、頼知は普段、ふざけた事ばかり言っているせいか──つまり、真剣な話をするのが苦手なのか、こまったように一度、うーん、とうなってから言葉を紡いだ。
「だから俺が言いたいのは──遺言みたいなもんです。世界のおわり、いっしょに見たかったんですけど。無理みたいだから」
 笑って、奇野頼知は、最期の言葉を吐いた。












「しあわせに、なってください」












 簡潔な、単純な、
 とても残酷な言葉。
「世界のおわり、見てください」
「……ある意味では対極の言葉だな」
「え、そうっすか?」
 わずかに驚いたような顔を見せた頼知に、彼は笑う。
 彼が浮かべる微笑は、いつも、こんなものだ。
 わかりきっているような、すべてを知っているような。
「うん、でも──つまり、俺、狐さんにしあわせになってくれればいいんですよ。それだけです。それが生きる事でも死ぬ事でも、世界のおわりを見る事でも物語のおわりを読まない事でも、何でもいいから」
 そうして頼知は、すこし、あたまを下げた。
 うつむくように。笑いながら。
「しあわせになってください」
 繰り返したが、答はなかった。
 その言葉は空気に溶け、酸素に吸い込まれ、ゆっくりと、消えていった。























「十二段目はずっとお前のものだ」
 静寂を打ち破った言葉に、頼知は顔を上げた。
「俺はお前を忘れるが、十二段目は忘れない」
 そう告げた彼に、はじけるように、笑った。
「俺、狐さんのために死にますから」

























 だからあなたは、どうか、しあわせになってください。

















《病毒遣い》/奇野頼知





頼知くん、あたまわるくてもあたまのいい子だと信じています(ドリーム)。
でも狐さんのしあわせって誰にもわからないんだろうなぁと思います。狐さん本人にも。
…とりあえず私のなかで頼知くんは生きてますから…!(かわいそうな子だと思ってやってください…)








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