2005.12.23/十三段目






 俺の孫だ。












 寝惚けたあたまに飛び込んできたすずやかな声は──想影真心を不思議な気分にさせるのに充分だった。マゴ?マゴってナニ?
「ん、何だ。孫の意味がわからないか?真心」
「マゴ」
「発音が違ぇよ。アメリカ育ちだからか?あー……つまりだな。俺のこどものこどもって事だ。わかるか?」
 こども。真心は心のなかで繰り返す。目を開いた先にいるのは、狐の面を被った男だった。この男に連れられてきたのだ、と、そのときになってようやく事態を把握する。
 あの最悪の機関から。
「ま、わからなくてもいい事だ。さて……真心。俺の言葉は憶えているか?寝惚けてるみたいだな。眠ぃのか?」
「えっと」
 真心は記憶を探った。聡明すぎる真心は、一瞬で記憶を甦らせる事ができた。
「《いーちゃん》!」
 びし、と、狐面の男を指差す。
「いーちゃんに会わせてくれるって言った!」
「ああ、そうだ」
「いつ会えるんだ?はやくいーちゃんに会いたいぞ、俺様は!」
「まぁそう急ぐな──すぐに会えるさ。だがいまではない、というだけだ」
 曖昧ともいえる男の言葉に、真心は首を傾げた。
 いーちゃんみたいだ。
 何の前触れもなくそんな事を思う。男はそんな真心にはかまわず、狐の面をはずした。曝された素顔。
 瞳が真心を見下ろす。
「真心、行くぞ」
「どこにだ?いーちゃんのところか?」
「違うって。それはいまではないと言っただろう。お前の仲間に会わせてやる」
「ナカマ?」
「そうだ」
「カゾクか?」
 お前はぼくの親友で、仲間で、家族みたいなものだよ。
 いーちゃんがただの一度だけ言ってくれた、嘘のような言葉を、真心は憶えている。
 親友は、友達のなかのいちばんだという事は知っていた。そんな単純な事でないというのも、漠然と。
 ただ、仲間と家族がよくわからなかったので首を傾げたら、似たようなものだよ、と言われたのだ。
 男は一瞬、一瞬だけ驚いたような顔をした──それは彼にしてはめずらしい表情なのだと、会って間もない真心がわかるはずもなかったが、何となくそう思う事ぐらいはあった。
 男はふ、と微笑む。
 こぼれ落ちた微笑。
 伸ばされた白い、病的なまでに白い手が、真心のオレンジ色のあたまにぽん、と置かれた。
「そうだな。そう思え」
 あたまをすこしだけ撫でられて、そして男は背を向けた。
 伸ばされた背筋。
 迷いのない背中。
 真心はそれを、ぼんやりと見て──そして今度は確信とともに、思った。
「いーちゃん、みたい」
 ぽつり、とつぶやく。それが聞こえなかったのか、それとも足音が聞こえなかったせいか、男が振り向いた。
「どうした?来い、真心」
 ───何はともあれ、いまはこの男に従うしか、いーちゃんに会えない。
 それを胸中で再確認し、真心はうなずくと彼に歩み寄った。となりに立ち、ともに歩く。
「なぁ」
「ん?」
「名前、何ていうんだ」
「知りてぇか?」
「おう。だって、呼べねぇだろ」
「呼ばなくていい」
「何だそれ」
 頬を膨らませると、彼は目を細めた。
 それは、まるで、懐かしむような。
「………いつか教えてやるさ」
 ささやくような声音。うなずくしかないのがわかったので、真心は男から目をそらし──その途中で、男が片手に持つ、狐の面に目を留める。
「おい」
「よくしゃべる奴だな。何だ」
「そのお面、何だ?」
「狐の面だ」
「そんなの見ればわかるっつーの」
「俺の──そうだな。大切なものだ」
「たいせつ?」
「そうだ」
「たからもの、みたいなものか?」
「そんな感じだ」
「かっこいいな、その面」
「そうか?」
「おう!俺もちょっとほしい!」
「ふむ」
 考えるように、男はすこしだけ沈黙した。
「……わかった。お前用に似たやつをやろう」
「ほんとか!?」
「ああ。ちょうどいいだろ」
 つくらせる、買うか──などとつぶやいていた男に調子をよくして、真心は笑顔のまま続けた。
「その服もいいな!」
「………、……お前、何でもいいんだろう、実は」
「そんな事ないぞ!」
「ドクターを見たときは何ていうかな」
「?」
「ああ、気にするな──他の……家族の、話さ」
「カゾク」
「家族だ」
 男は繰り返した。
 噛みしめるように──自然の事のように、そうなんだと、思うように、確認するように。あるいは、思い込むように。
 思い出すように。
「たのしみだ!」
「ま、大半は認めちゃくれねぇだろうがな」
 肩をすくめた男が、また、真心のあたまにぽん、と手を置いて、撫でた。
 それが何だかうれしくて、真心は笑った。
























 それはとても儚い、やすらかな邂逅。

















《橙なる種》/想影真心





真心と狐さんって、どんな感じだったのかな。想像できないんですけど。
家族みたいだったらいいのにな。








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