2006.2.14






 現在住処にしている和風の家で、西東天がのんびりと漫画など読んでいると、襖がとんとんと叩かれた。木の実です、という声。ああ、と返事をすると、すーとしずかに襖が開かれて、一里塚木の実が顔をのぞかせた。
「狐さん?いまちょっとよろしいですか?」
「ん?何だ?」
 漫画から視線を離して顔を上げると、木の実がす、と何かを差し出してきた。
 受け取ると、可愛らしい包装に包まれた、四角い箱。
「今日はバレンタインなので狐さんにチョコレートをつくったんです。よろしかったら食べてください」
「……………バレンタイン?」
 狐面をはずしながら、眉をひそめる。
「今日はバレンタインか?」
「ええ」
 やっぱり忘れていらっしゃったんですね、と木の実が笑った。
「そのせいか、濡衣さんと宴さんはお出かけになっております」
「何だ、あいつら本命でもいるのか?」
「そうですね。性別なんて関係ないとかいう話みたいですけれど」
 それぞれの相手を知っているのか知らないのか、彼女はそう言って、では、と一礼した。
「木の実」
 出て行こうとする空間製作者に呼びかける。
「ありがたくいただいておく」
 受け取ったチョコレートを掲げて言うと、振り返った彼女は、可愛らしくうれしそうに笑った。















 ───なるほど、たしかにバレンタインだ。
 部屋を出て、適当にぶらぶら歩いていたら澪漂高海と澪漂深空の姉妹にばったり会って、おずおずときれいにラッピングされた袋をふたつ、渡された。中身はクッキーで、味にかたちに数、さらには袋のおおきさまでまったくおなじだった。
「狐さんのためにつくりました」
「狐さんのためにつくりました」
 とりあえずお礼を言って受け取った。
 その後お茶を飲みたくてキッチンに行くと、絵本園樹がめずらしく笑顔だった。とてつもなくうれしそうな顔は見覚えがある。ドクター≠フ仕事をしているときの顔だ。
 ひょっこりと顔をのぞかせると、キッチンに通じるちいさな部屋には、想影真心と古槍頭巾(十二代目)が転がっていて、園樹はいそいそと診察している。
「何だ?どうした?」
「ひっ!き、狐さん……う、後ろから声かけたりしないでください、よぉ……あ、あたしの事驚かせて、あわてる姿が見たいんですか……そんなにあたしが嫌いなんですか……え、えぐっ……」
「誰もそんな事言ってねぇよ。何だ、そこのふたりはなぜ腹抱えてうずくまってる?」
 うんうんうなっているふたりを示しながら言うと、園樹は涙を拭いつつ答えた。
「あ、あの……キッチンにクッキーがあってですね、それを真心ちゃんと頭巾ちゃんが食べたら、お腹がすっごく痛くなったらしくて……」
「…………………………」
 着物の袖に入れてあるクッキーを思い浮かべる。
 ……食べるのがすこしこわくなった。















「あ、狐さん。いたいた」
 仕方がないので自分でお茶をいれて、また自室にもどって漫画を読もうと歩いていると、声をかけられた、振り返ると、右下るれろと時宮時刻、くわえてノイズというめずらしい組み合わせがいた。とくにノイズがいるというのはめずらしい。
「もういろいろもらってそうだけど。とりあえず、あたしと時刻の旦那と、ノイズから日頃の感謝の気持ち」
 そう言って差し出されたのは、高価そうな外見の箱だった。木の実からもらったよりもおおきい。包装がやたらに豪華で、この様子だと中身もまた豪華なのだろう。
「わざわざありがてぇと言うところだが──るれろにはまぁ、素直に礼を言っておこう。ただ時刻とノイズには何か見返りを求められている気がするのは俺の気のせいか?」
「いやですね狐さん、僕はそんな事思ってませんよ。狐さんにはお世話になっていますから、そのお礼です」
 にっこりと笑う時刻にうっすらと微笑み返し、そうか、と答える。ノイズに視線を移すと、彼はただ一言、
「………給料、上げてくだサイ」
 そうぼそりと言った。
 微笑は苦笑に変わり、考えてみてやるよ、と彼は答えた。















 部屋にもどって、もらったものを畳の上に茶とともに置く。
 すっかり忘れていたが、バレンタインだった。たしかに毎年誰かにもらっているのだが、どうも毎年忘れてしまう。
 木の実からもらい、澪漂姉妹から(いささか不安だが)もらって、るれろと時刻とノイズから(理由はさまざまでも)もらった。九段と濡衣は出張、真心と頭巾はダウン、園樹が治療中……
 さて。
 架城明楽とは、さすがにこんなイベントには関われないとしても。
(あとひとり)
 十三階段のメンバーで、このイベントに関連して彼と会っていないのは──
「狐さん!!」
 がらっ!とノックもなしに襖が開き、ずかずかと足音がしたかと思うと、目の前がさまざまな色で染まった。
 目をぱちくりとさせ(狐面は最初に木の実に会ったときからずっとはずしている)、反射的に出た手で差し出されたものを受け取る。
 花。
 花束だった。
 色とりどりの、明るめの色でまとめられた花たち。
「海外ではお菓子だけじゃなくて花束渡す事もあるみたいなんで、意外性狙って花にしてみました!!」
 両手に抱えた花束の向こうには、奇野頼知の得意満面な笑顔。
 ……意外性って、べつにそんな事は知っているのだが……
 あえてそれについては言わず、彼は花束を見下ろす。花をもらうなんて、ひどくひさしぶりだった──そもそも男が花をもらうなんて事は滅多にない。何年ぶりかというレベルだ。
「そんなわけで狐さん──えっと──俺、狐さんの事ッ」
「頼知」
「はいっ!」
 びしぃっ!と背を正して返事をする頼知に、微笑みかけた。
「ありがとな。この花──受け取っておく」
 目を細めて笑ってみせると──見る見るうちに、おもしろいくらいわかりやすく、頼知の顔が赤くなっていった。
「あ───あああああありがとうございますッ!!」
 響き渡るほどの大声で言うと、そのまま背を向けてダッシュで去っていく。
 彼はそれを見送り──そして、ふぅ、と息を吐いた。
 ……よくわからないがいい感じに笑っておけば勝手に興奮して追い出せるという事が最近わかったので、実行してみた。
 一安心して、ひとりでぼんやりとする。
 そしてそのまま、花を抱えたまま畳の上にごろん、と寝転がった。
「くっくっく───」
 やがて耐え切れずに、ひとり、笑ってしまう。
「……うらやましいか?明楽。俺はどうやら人気らしい」




















 お前からもらえないのは、だからゆるしてやるよ。
 そう言って、菓子と花のあまい香りの中で、西東天はしずかに目を閉じた。










バレンタイン!




しあわせにあまくどうぞ!






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