2005.11.30/「最終的な答はそのときにないとわからないけれどね?」






 最後に想った話だった。











 たとえば触れた人間が死んでいたらどうすればいいのだろうか。

「きみはどうする?」

「どうもしません」

 一刀両断した少年──というよりも、こども、の返答に、兎木吊はいつものように笑った。

「それはきみの本音かい?きみはいつも俺の目を見ないで話すから、嘘かどうかわからなくてこまるな。相手の目を見て話すのは嫌いかい?志人くん」

「兎木吊さんと目を合わせたくないだけです」

「ご機嫌ななめだね、俺は何かきみにしたっけ?とくに憶えはないのだけれど、言ってくれたら改善するし、謝るかもしれないよ。言ってみないかい?言ってくれたら俺にとっては大好きなきみだ、何らかの処置をするよ」

「兎木吊さん、おねがいですから冗談でもそんな事言わないでください」

「そんな事って?わからないな。俺はぜんぶ本気だから」

 そこまで言ったところで、志人が顔を上げた。意味もなく持っていた文庫本を脇に置き、兎木吊を見る。

 兎木吊のプライベートルーム。

 たったひとつの椅子に、志人は座っている。兎木吊が、志人がここを訪れたときに今日は床に座りたい気分だからどうかここに座ってくれ、とわけのわからない事を言い出したからだ。けれどべつにはじめてでもないので、志人は正直気が重く、わずかに申し訳ない気もしたが(何せここは彼の部屋だ)座った。以前断ったとき、兎木吊の長々とした持論を語られてうんざりしたからだ。

「それで志人くん、きみはどうする?」

「どうするって、何がですか」

 また目をそらす。兎木吊がその様子に笑みをふかくしたのを知らないふりをした。見えないはずなのに見えた気がした。

「触れた人間が死んでいたら」

「その質問、どういう意図があるんですか」

「ゲームみたいなものさ。それでどうなんだい?俺の答を聞きたいなら先に答えよう。べつに何の支障もない。ただ俺はきみの答にものすごい興味がある。答えてくれないか」

「………よく意味がわかりません」

 志人は短く答えて、この部屋独特の空気に舌打ちをもらしたくなった。実際、したかもしれない。兎木吊は笑っている。

「意味がわからないとはどういう事?何の意味がわからない?質問の意味、なぜ質問するかという意味、俺がきみの答に興味があるのはなぜかという意味、俺とこうして話している理由の意味、それとも存在そのものの意味?」

「そんなにおっきいものじゃありませんって。触れた人間が死んでいたら、って、死体だとわかっているものに触れたって意味じゃなくて、生きていると思っている人間に触れたら死んでいた、ってシチュエーションですか」

「そうだよ。きみは賢いね。そういうところも好きだよ」

「埋葬してあげます」

 兎木吊の言葉を殺して、志人はきっぱりと答えた。

「………へぇ」

 兎木吊が目を細める。サングラスの奥、その感情はわからない。

「知らない人間だったら身元を知るとか、知っている人間だったら連絡して検死してもらうとか、そんな感じかなと思っていたからその答は意外だな。意外すぎる。きみは埋葬するのか?生きていると思った人間が、知っている者でも知らない者でも、親友でも恋人でも尊敬する人間でも愛する人間でも憎む人間でも、きみは埋葬してあげるのかい?」

「ああそうですね……検死があったっけ。でも、検死とかは三好さんや春日井さんの仕事です。おれは生物学、専攻じゃないし」

「埋葬もべつにきみの仕事じゃないだろう?きみは葬儀屋でも何でもない。研究者で科学者で、博士の助手だ。偉大なる《堕落三昧》のね。そのきみが、聡明でその手を血や肉や骨で汚す必要のないきみが、埋葬するのかい?目の前で人間が死んでいたら、触れた人間が死んでいたら、白衣が穢れてもかまわないと死体を抱ききれいに拭いて棺におさめ埋葬してあげるのかい?」

「しますけど悪いんですか」

 当然、というふうに志人は言った。

 それが当たり前だと、自然に。

「知らないひとだったら、躊躇はするかもしれませんけど。おれはやると思う。まわりに誰もいなかったなおさら。知ってるひとだったら、迷いもしません。そりゃ、現実的に検死とか身元確認とか必要だろうからやりますけど、でもたとえば───」













 たとえば。













「───この部屋で誰かが死んでいて、俺がひとりで見つけたら、埋葬してあげます」

 そこまで言ったところで、志人は兎木吊と目を合わせた。

 今度はそらさなかった。

「……いいたとえだ。きみはすばらしい。そうだな、感覚的な事を俺は聞いた。その通り答えてくれた。そうだよ、たしかにおれも実際にそんな事が起きれば身元確認やら検死やらやるだろう。けれど夢想のように幻想のように、そんな事が起きたら俺はたとえば」

 兎木吊は言葉を切った。志人は目を細めた。

 それは、兎木吊の姿がよく見えないからではなくて。

「きみが死んでいたらキスするだろうな」






















 文庫本を片手に志人はプライベートルームを出た。いつもこの部屋に来る前と去る後は不機嫌になる。

 けれどその日は、不機嫌というより違和感を憶えて不思議な気分だった。いつものように、階段の前まで志人を見送る(これも遠慮するとまた長々と言われるのであきらめた)兎木吊を見上げた。彼は相変わらず笑っていた。

「兎木吊さん」

「でもきみはあの部屋で俺が死んでいたら埋めてくれないだろうね」

 あっさりと言った兎木吊のその言葉に、志人はそう思っていたのだと気づかされた。

「……………そう、ですね」

「他の人間だったら埋葬してくれるだろう。けれど俺はきみの手によって抱かれる事もない。特別って事だね。うれしい気もするけれど、でもさみしい気もするよ。ねぇ志人くん、だったら質問を変えるよ。というより、限定しよう。触れた先で俺が死んでいたらどうする?きみはどうしてくれる?」

 志人は一瞬、息を止めた。すぐに呼吸は再開した。

 逃げ出したいとすこしだけ思って、すぅ、と濁った酸素を吸い込む。

「きっと」




















 泣くと思います、その答はキスに吸い込まれて、この世から消滅した。










嘘吐きの葬式




ぼくもきみもうそをついたね。






html / A Moveable Feast

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送