2005.12.6/「これは自慰とおなじだ」






 あのこのしらない夢想をする。




















 さて、俺の話をしようか。
 俺は、兎木吊垓輔という、《害悪細菌》という二つ名を持つ俺は、ここから出られない。この棟から出られない。なかなかひろくて使い心地は悪くないが、しかしやはり窓も何もないここでひとりで暮らすのは五分もすれば飽きた。
 必然的にひとりで思想、あるいは夢想する時間は極端に増えた。何かを壊しているときも、何かを創作しているときも、何かを実験しているときも、俺はたいして長続きはしない男だ。絶妙に入る余暇時間、その多さに辟易しながらも俺は思考する。
 最初の方に考えていたのは《一群》の事だ。そこにいた同志、とでも呼べばいいのだろうか。彼ら、そして彼女。彼女だ。彼女と彼らの事をよく考えた。けれどもうそんな事は過去の事で、そのうちそれにも飽きた。彼女の事はそれでもときどき考えたけれど。捨てられてなお、彼女は俺を支配している。だからといって束縛しているわけではない。彼女は、
 ………終了する思考。思想。夢想。
 次に、ここに俺を閉じ込めている(と言ったら心外なのだろう)博士の事でも考える。しかしそれはほとんど秒単位で閉ざされた。彼はたしかにそこそこできるが、俺よりも彼女よりも劣っている。天才ではない。天才だが天才ではない。まぁそんな事は問題ではなく、ただ単に俺の興味に値する人物ではないという事だが。終了する思想。夢想。
 俺の事を考える。俺の事、それには実験や機械やら破壊やらが含まれているが、そんなくだらない事は一瞬でおわった。考えるに値しない。それこそ興味からはずれている。感情から疎外されている。終了する思想。
 最後に考えたのはあのこの事だった。
 あのこ、とは、大垣志人という博士の助手で、もちろんそうなると博士よりも能力的には劣っているし俺よりも劣っているが、それでもなぜだか俺の興味を惹いた。
 なぜだろうか。
 これは、彼については、ここ最近いちばん俺の脳を支配している。まったくもって不思議な事だ。彼がいま現在唯一といってもいい、俺と接触があるからだろうか。いや、それならばべつに博士に興味を持ってもいいはずだ。彼よりはあきらかにすくないが、博士と俺は何度か会う事がある。彼は俺から見ればべつにたいした能力もない。彼はとくべつではない。彼はこどもだし、博士のアンドロイドのようなものだし、何より俺を嫌っている。俺はよく嫌われるのでかまわないが。そう、彼は、彼は、




















「────志人」




















 名前をつぶやいた瞬間、俺はふ、と、目を見開いた。
「………あれ?」
 ただ夢想のままにこぼれた言葉を心のなかで反芻する。
 それからゆっくりと──じわじわと、浸透するように、浸食されるように、ひとつずつ破壊されるように、そうして分解されていくように、俺は、兎木吊垓輔は、《害悪細菌》は、俺は、
「そういう事か……」
 案外、簡単な事だ。
 質素な事で、よくこんな安易なものを理解する事ができたな、と俺は自分で自分に感心した。
 なるほど。
 わかったよ、志人くん。
「もうきみの事は夢想せずにすみそうだ」





















 ────さて。
 どうやって、この渇愛を伝えようか?










哀愁殺人




殺すかわりに壊す、壊すかわりに愛する、愛するかわりに夢想する。






html / A Moveable Feast


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