2005.12.30/「彼らには熱がないというが、それは本当だろうか?」






 バカな兄貴はバカなのでやっぱりバカでしかなかった。













 零崎人識は改めてそう思う。実感も何もしたくなかったが、それはしないに越した事のない事だったのだが、しかしそんな願いをぶち壊す存在が目の前にあるのだから仕方がない。
 零崎人識がただひとり兄と、家族と認める男はバカだった。というか変態だった。
 普通に憧れる異常者で、鋏を獲物に殺人し、家族を愛するバカである。
 彼はけっこう名の知れる殺人鬼で、一賊のなかでも凄腕だ。
「人識ー?人識、カレーつくったよー」
 そしてカレーが殺人的だ。
 たぶん兄貴は鋏がなくともあれだけで人間を殺せる。しかし俺は死にたくない。
 その思考の末に出た結論は、脱走=Bそれしかない。
 ひとりうなずいて、人識は足音を立てずに窓から外に出ようとした。
 人識の部屋は二階だが、そんな事にかまっているひまはない。
「おいこらクソガキ」
 しかし、さきほど扉の向こうの廊下から聞こえてきたたしかにやさしかった声が低い怒気を含んだものに変化して、背後から聞こえたので人識は思わずナイフを手に取りかけながら振り向いた。
 音もなく現れた零崎双識が、扉に手をかけてもう片方の手を腰に当て、仕方なさそうにため息を吐いている姿があった。
「何逃げようとしてるんだい。私のカレーが食べれないとでも?」
「食えるわけねぇだろバカ」
「口が悪いよ人識」
 双識はやれやれというふうに肩をすくめて、それからにっこりと笑った。
「いいからとっとと食いやがれ。そうしないと今日の晩御飯はねぇぞ」
「あなた様のカレーを食わせていただくぐらいなら空腹に耐えます」
「わがままほざくんじゃないよ人識。お兄ちゃんががんばってつくったカレーだよ!舞織ちゃんはもう食べ始めてるからはやく来なさい!」
「じゃあそろそろ倒れてるな……」
 あわれ舞織。兄貴のカレーをはじめて食べたのだろう。あのときのショックを俺は永遠に忘れない。
 人識はそのときの恐ろしい記憶を思い返しながら遠い目をしたが、目の前の変態の兄はそれに気がつかないように眉を吊り上げている。
「いいかい人識、お兄ちゃんの愛情がたっぷり詰まったカレーがまずいわけないじゃないか」
「あれはまずいとかいうレベルじゃねぇんだよ。つかむしろそれでさらにまずくなってると思う」
「アスも食べてくれないんだよね」
 はぁ、と物憂げにふたたびため息を吐き、人識は心底残念そうな兄の顔におなじくため息を吐く。
 逃がしてくれなさそうだ。過去の経験から、捕まってしまったら最後、だとわかっている。
「………副菜はあんの?」
「え?あ、うん、トマトとレタス、洗っただけだけど」
 よし、それとご飯でごまかそう。
 そう決意した(まさに決死の覚悟)人識はしぶしぶうなずき、ぱぁっと笑顔に輝いた兄に仕方なくついていった。














 しょうがない。
 ひさしぶりに家族が揃って、この兄は上機嫌なようだし。
(つきあってやるか)
 カレーにはつきあわないけれど、この兄に。
 たったひとりの家族である──零崎双識に。




























「………お兄ちゃんはわたしを殺したいんですか」
「え?えぇ?何言ってるんだい舞織ちゃん、お兄ちゃんがそんな事するわけないじゃないか!っていうか顔が真っ青だよ大丈夫?」
「ふざけないでください刺しますよ」
「いや舞織、こいつのは天然だ……ふざけてないっちゃ」
「あ、アス、カレー食べてくれたんだね!」
「うんこいつに無理矢理……苦しみを分かち合うのってきついっちゃ……」
「またまたぁ、アスは素直じゃないんだから!ひさしぶりにこの四人が揃ったって事で私が気合を入れてつくったんだ。遠慮せずおかわりしてくれたまえ」
「お兄ちゃんはカレーに何を入れているんですか……!わたしこのままじゃ殺されます……!」
「舞織ちゃん、だから私が可愛い妹を殺すわけが……」
「いや俺も死にそうだっちゃよレン」
「アスを殺す事だってないよ!おかしいなぁ、そんなに私の愛が重いのかな?」
「…………」
「おいこらそこの弟、何背ぇ向けてる」
「そうですよ人識くん。家族っていうのは連帯責任というものが必然なんです。そんなわけで残りのカレー食べてください」
「残りってまだ鍋の半分も残ってるじゃねぇか!」
「人識、さっさと食うっちゃ。あ、ご飯は俺と舞織が食ったから」
「てめ……味を消すためにご飯食いやがったな……!つか飲み物もねぇし!レタスとトマトもなくなってるし!」
「うーん、じゃあご飯を炊こうか?そのあいだにカレーを食べてなさい人識。これぜんぶ食べるんだろ?」
「食えねぇよまともな味でもこんなに食えるか!ちったぁ考えろボケ兄貴!」
「たしかに……でも私もそんなに食べないし……あ、じゃあ兎木吊さん呼ぼうか?」
「賛成」













 三人の家族の声が重なり、一人は家族たちに向かってとてもしあわせそうににっこりと笑った。










無熱の人間





そう、我々は熱を共有する。
だからこその家族だ。






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