2005.12.30/「脈打つ、止まる、動く」






 僕にとって、妹はほんとうにたいせつな、たいせつでたいせつで、たいせつでしょうがない宝物だった。
 なぜ過去形なのかというと、その妹が、もういないからだ。
 いま僕の腕の中で死んでいる妹の目に生のひかりはない。
 僕の愛する妹はもういない。
 愛なんて言葉を僕は使わないけれど、妹にだけは使う。使っていた。そしてこれからも使い続ける。
「理澄」
 僕は名前を呼んだ。
 殺戮を終えてとても虚しい気分、それが虚無であるのは、妹が死んだせいだ。
 僕は妹を抱きしめた。
 最後の抱擁をすぐにおえて、妹をシーツの上に横たえる。
 横たえる、なんてふうにはできなかったけれど、それでも横たえた。
 ────……ああ、疲れたな。
 もう、《十三階段》も、《匂宮》も、いらないや。
 僕は不意に思い──ほんとうに不意だった、いままで考えた事もなかった──妹の死顔を見た。
 なぁ理澄。
 お前はあの狐を大好きだったみたいだけれど。
 もうお前がなくなったいま、あの男のところにいる理由はないよな。だって僕は、そんなに好きじゃないし。
 ねぇ理澄。
 匂宮の名前、お前はいらないよな。生きてても死んでてもいらないよな。
 以前お前、冗談みたいに笑いながら、狐さんの名字になるよって言ってたよな。
 あんな男にお前を渡したくなかったけれど、でもいつか僕が死んで、その後にあいつが来たら、僕は応援するよ。
 ……ああでも、僕は、地獄にしか行けないな。
 お前は天国に行くよな。
 べつに、地獄とか天国とか信じてるわけじゃないけど、
 こんな事言ったらお前は笑うだろうけど、












 理澄。
 どこかでしあわせになっててほしいんだ。












「………十三階段も匂宮もいらない」
 僕はつぶやいて、手を伸ばした。
「お前を忘れないよ理澄。お前の想い出だけ持って、僕は行くよ」
 そうしてゆっくりと、妹の胸元に手を触れ、
「理澄」






















 いつかまた会えるかな、
 そうつぶやいて僕は手を押し込んだ。
 気がついたときには心臓を取り出していた。
 もう動いていない心臓を片手に、僕は涙を零してしずかに泣いていた。










灰色の心臓





また会う事がゆるされるなら、そのときは、抱きしめさせて。






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