2006.1.6/「私はたとえ一秒だけでもここにいる」






 つかんだ手から伝わった。びくり、と大袈裟なほどにふるえたからだ。零崎軋識は舌打ちしたくなって、それを辛うじて飲み込み、耐えた──たのむからそんな顔をしないでくれ。おかしな気分になる。あの害悪細菌といっしょだなんて考えたくはないんだ。壊す事しかできないなんて考えたくない。いや、この自身の場合なら、殺す事しか、だが。
「………私を、殺したいのかい」
 胸中を読み、悟ったような事を零崎双識は言った。しん、と静まり返った部屋に、その声はよく響いた。双識の後ろは壁、前には軋識。けれど彼が本気を出せば、簡単に逃げ出せるだろう──軋識がどれだけ足掻いたところで、彼は行く事ができてしまうだろう。
 軋識は答えなかった。双識は目を細めた。伊達だというその眼鏡の向こうにある瞳はかなしげな気がした。
「きみは家族さえも殺す事ができる零崎だ。そんな事を言っても驚かないよ」
 私とは違う。
 彼はいつも軋識が思っている事を口にした。
 彼の手首をつかんでつめたい壁に押しつけたまま、軋識は黙する。驚くほど細い手首だった。やわではない、けれど、細い手首。
「でもね、アス──きみが私を殺すとしたら──それは、きみがいままで殺してきた人間たち、そしてこれから殺す人間たちと同様、零崎らしく@摎Rはないのかな。そうだとしたら私はとてもかなしい。さみしいよ」
 軋識は、さみしいと口にしてから唇を閉ざした双識を見た。
 うつむく彼は、いつもよりもちいさく見える。
 軋識より年下だからといって、いい大人である彼は、時折こんなふうにこどものように見える。
 幼い頃にもらえなかった愛情を、求めているような。
「レン」
 呼ぶと、彼はゆるりと顔を上げた。
 答を求める瞳を見据えて、けれどすぐにそらしてしまう。
「俺はお前を殺さない」
 双識が驚いたような気配がしたが、それはほんとうかどうかわからない。
 だからといって顔を見る勇気もなく、軋識はうつむいたまま言葉を紡いだ。
「ただ俺は──俺はときどき思うんっちゃよ、レン──レンは家族といっしょにいたがるけど──俺は家族とおなじくらいたいせつなものがある。そのときにならないとわからないっちゃが、俺はもしかしたら、いつか家族を捨てて彼女のもとに行くかもしれない」
 零崎軋識が恋に落ちた彼女。
 零崎軋識ではない彼が恋に落ちた彼女。
「レン、でも、」












 ───いつか俺はお前の事、捨てるかもしれないけれど、












「………アスはやさしいね」
 遮るようなやさしい声が耳に届いた。
 きっと彼は微笑んでいる。
 容易に想像ができて、顔を上げる気にはなれなかった。
「兎木吊さんだったら、黙ってさっさと私を捨てて彼女のところに行くんだろうに──そこで悩んで、しかも言ってくれるのが、アスのやさしいところだよ」
 そしてこどもをあやすように、軋識がつかんでいない方の長い腕を伸ばして、家族の後頭部に当てた。
 ゆっくりと上下に動かして──頭を撫でる。
「アス。私はきみを捨てないよ」
 捨てない、言い聞かせるように彼はささやいた。
 軋識は唇を噛みしめてそれを聞いた。
「もし私がきみを捨てたら、殺してくれてかまわない。そんな事はありえないからね。ああ、それに、安心して──私はきみのように家族は殺せないから、きみが私を捨てたとき、殺したりはしない」
「………レン」
「でも、ひとつだけ、お願いがあるんだ」
 彼女の青が脳裏を過ぎった。
「もし私を捨てるときが来たら、どんな方法でもかまわない──私のなかからきみを殺してくれ」






















 ───ああ、その言葉通り、殺してしまえたらいいのに。










「怖がらないで」





それでも置いていく事も置いていかれる事も何もかもこわい。






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