2006.1.9/「きみ、ゆるしてやってくれないか?」






「あのさ」
「はい?」
「うん」
「……何ですか」
「つまり」
「はっきり言ってください」
「双識くんって恋人とかいる?」














 なぜかいっしょに昼ご飯を食べているときだった。
 奢ってあげようという兎木吊垓輔の申し出に喜んで、零崎双識は近場のファミレスで彼とご飯を食べていた。
 双識はパスタで、兎木吊はパンとチキンだった。
「はぁ?」
 パスタをくるくるとフォークに巻きながら、双識は不思議そうに──くわえて嫌そうに──聞き返す。
「何ですか突然」
「ちょっとした興味だよ。よくするだろう?ほら、女子高生がとなりのクラスの鈴木くんってかっこいいよね!みたいな感じさ」
「…………あの、私たちはもう成人している男性ですけど………」
「いまのはもののたとえだよ。で、解答の方は?」
 にっこりと微笑まれ、双識はいぶかしげに眉をひそめながら水の入ったコップを手に取り、口にする。
 ……何でいきなりこんな事を訊いてくるんだろう。
 兎木吊垓輔という男は、零崎軋識の知り合いらしく──決して友達ではない、いいところ同志だと力の限り言っていた──その関係で双識は彼を知った。ある日道端で軋識とばったり会い、そのときに軋識といっしょにいたのが兎木吊だったのだ。
 そこから知り合い、何となくこうして会ったり話したりするようになったのだが。
(………何でいきなり恋話?)
 いままではけっこう当り障りのない会話で、それなりに話せるひとで、けっこう楽しい。双識は彼の事が普通に好きだ。
 けれど、──何で恋?
「うん?黙っているところを見ると──いないの、かな?」
「え、あ、はい、まぁ」
 いませんけど、といぶかしみながらも答える。
 そこで話はおわりかと思ったのだが、兎木吊は食いつくようなそれに対して受け答えをした。それはそれはとても楽しそうな笑顔で。
「いないの?ほんとうに?」
「ええ……」
「ほんとうにほんとう?」
「しつこいですよ。何ですかバカにしてるんですか」
「そんな事はないさ!すまないね、気分を害したかい?ああしかし、そうか、いないのか──ふむ、意外だな。《街》は……」
「え?」
「ああ、いやいやこっちの話さ。双識くんみたいな美人に恋人がいない事に驚いているだけさ」
「美人って……普通女性に使う言葉じゃないですか?それ」
 会話のあいだにもパスタを食べながら、双識はあたまをクエスチョンマークでいっぱいにする。
 前からちょっとおかしなひとだとは思っていたけれど、ほんとうに、何か、変だ。
 パスタを咀嚼し、飲み込みながら双識は思う。
「……兎木吊さんは?」
 とりあえずわけがわからないが、反撃してみた。
「ん?」
「兎木吊さんはどうなんですか。恋人とか」
「いないよ」
 あっさりと返された答は、正直、意外だった──兎木吊のセリフと酷似してしまう事になるが、兎木吊という男は整った顔立ちをしていて、それなりに愛想もいいし、物腰もやわらかいと思う。女性にはもてる方だと思っていたのだが。
「敬愛する女性はいるけれどね。いや、少女、というのかな──彼女への感情はまた、恋などではなく、もっと尊いものだ」
「…………」
 ……少女とかいってますけど。
 やばい、ロリコン?
 たとえばここに零崎人識がいたら、もれなくあんたもだろというツッコミが入っただろうが──そして双識は間違いなく本気で無自覚に否定しただろうが──双識はそのとき兎木吊に対する見解をすこし改めた。
 何となくいつでも逃げ出せるように足をスタンバイさせる。
「まぁ、彼女は別格として──恋人はいない。この解答で満足かな?」
「はい、まぁ──意外ですけれど」
「うん?何が?」
「いえ、兎木吊さんって、女性には不自由してなさそうですから」
 それに、兎木吊はにっこりと笑うだけだった。
 肯定なのか否定なのか曖昧なところだが、どちらかというと肯定だろう。
 双識は苦笑のようなものを浮かべ、最後のパスタの一口を咀嚼し、飲み込む。
「双識くん」
 そこで、水を手に取ろうとしたところで、呼ばれて顔を上げる。
「はい?」
「ついてるよ、ソース」
 ────そこに。
 そう、ささやくように言われると同時に、兎木吊の指先が伸びて双識の唇の端に触れていた。
「…………ッ!!」
 びくっ!とからだが反射的にすくんで、わずかに、ほんのわずかにふるえる手で容赦なく兎木吊のその指先を払い除けた。
 その一瞬の出来事に、兎木吊は不思議そうに目を丸くしている。
 その様子を見て、双識もはっとした。
「す──すみません、ちょっと、驚いちゃって」
 何とか言って笑ってみせると、兎木吊はそうかい、すまなかったね、と微笑んだ。
 やかましく音を立てる心臓と気分を落ち着かせるために、ふかくふかく息を吐く。兎木吊にばれないように、そっと。
(びっくりした……)
 突然の人間との接触行為が、双識は苦手だ。
 自分からだとか、唐突でなければむしろ好きな方だけれど──こんないきなりは、びっくりする。
(いきなりだったから、)
 だから、びっくりしたのだ。
 意味もなく繰り返し、双識は顔を上げた。
 ちらり、と兎木吊を見やると、彼は何事もなかったかのように食べ終え、今度はデザートのメニューを見ていた。
「双識くん、デザートはどうする?何か食べるかい?」
 これもサービスで奢ってあげよう、という兎木吊を見て──
 双識はからだの力を抜いた。
 大丈夫。
(このひとは俺を傷つけない)
 そんなに踏み込んだり、踏み込まれたりしなければ──大丈夫だろう。その辺の距離の取り方は、大人だし、双識より年上の彼ならば容易なはずだ。
 双識はそう結論づけ、メニューを見やった。
「えっと……」
 チョコレートケーキを見て、人識が好きそうだなぁ、と思って、思わずそれにしてしまった。
 兎木吊はアイスクリームを頼んだ。
「あまいもの、好き?」
「ああ、いえ──そんなに好きなわけでもないんですけど。嫌いではないんですが」
「チョコレートは好きなのかい?ファミレスのチョコレートケーキとかって、べたべたにあまかった記憶があるんだけれど」
「食べれなかったら兎木吊さん、食べてくださいよ」
「コーヒーが五杯ぐらいいるなぁ」
 どうでもいい会話を交わしながら、












(………あ、れ?)






















 不意に。
 熱を持っている、と思った。
 彼の指先が触れた唇の端。
(………熱い、)



















 何だよこれ、と双識はかすかにかぶりを振り──顔がちょっと赤いけど大丈夫?と兎木吊に言われて、何でもないですと笑った。










たとえ指一本でさえも、ね





ゆるしてくれる?ふれさせてくれる?






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