2006.1.14/「あたしの飾りの花」






 哀川潤。
 彼女は赤色の人類最強である。
 自分で自分に確認する。そう、あたしは人類最強だ。人類最強なんだよ!
「おい、潤」
 だからこの人類最悪に負ける理由なんてどこにもない。
 どこにもないというのに、哀川潤は負けていた。
 ノックもせずに襖を開き、入ってくる男を不機嫌に見る。出て行けという前に、男が口を開いた。
「花瓶あるか」
「は───あぁ?」
 いま彼女は、父親──認めたくないが──に世話をされて、人類最終に負わされた傷を治癒していた。けれどそれもいまはほとんど治り、自由に動ける。
 だから何もしないこの男とどこかに滞在するとき、必然的に何かを請け負って≠オまっていた。料理とか、片付けとか、そういう目について気になってしまうものを。
 しかし、だからといって花瓶。
 よくわからないがこの和風な家は西東天、彼の住処のひとつだろう──だから連れてこられたのだろうし──対して彼女はここに来てまだ一週間も経っていない、数日だ。そんな小物の位置まで知るわけがない。
「知らねぇよクソ親父。てめぇで探せっつーの」
「以前は玄関に置いてあったと思うんだがな。なぜかない」
「いや、だからあたしにわかるわけ……」
 そこで彼女は気がついた。彼がそんなものを探している理由を。
 彼の右手に、無造作握られている白い花。
 細い緑の茎に、ちいさなちいさな白い花が点々とついている。それを一本、二本、と束になって持っている──十本くらいだろうか。
 可愛らしくきれいなはずのその花は、しかしすでに枯れてしまい、かわいそうなくらいしょんぼりと萎れていた。ところどころ茶色く変色してしまっているものもある。
「……まさかその花を活けるつもりかクソ親父」
「ん?ああ、そうだが」
「バカじゃねぇの。そんな枯れてるもんいまさらどーにもできねぇよ」
 あきれ返ってため息を吐く。彼女はまだ完治までには至らない傷に包帯を巻き直す作業を再開しながら、続けた。
「っていうかその程度なら花瓶じゃなくてコップでいいだろうが。どうせ無駄だろうけど」
「そうか」
 彼は一言答え、彼女が次に顔を上げたときに、その姿はなかった。
 襖は開け放たれたまま。
「………閉めていけよ」
 毒づきながら、包帯を口と手を使って巻いていく。
 つめたい風が入ってきて、不快だった。





















 一週間がやっと経ったとき、移動するぞ、と彼が言った。
 彼女は彼に言われるままついていった。次はどこだよ、と問う気にもなれない。彼の運転するポルシェの助手席に座る──そこで気がついた。
「……持ってくのかこれ」
 無造作に置かれたビニール袋。その中身を見ると、コップに入った水に差された白い花の名残があった。
 車が運転を開始し、揺れた瞬間に辛うじて存在している花弁は落ちてしまいそうなくらい、衰弱している花。
「いつの花だよこれ。もう復活しねぇよ、置いてくか捨ててけ」
「俺もすっかり忘れていたんだが。お前の顔見たら思い出してな」
「……あ?」
「ふん。お前はやっぱり忘れているな」
 当たり前か、と彼はひとりつぶやき、車を発車させる。
 彼女は思わず手にしたままのコップを膝の上に乗せ、そのまま手離せなくてこまった。
「何だそれ」
「その花」
 ちらり、と花を見て、道路に出ながら彼が言う。
「たしか、純哉か。純哉がお前に渡した事があった」
「……………」
 言われて、枯れきった花を見る。
「気分転換で買ってきた、とか言って、お前に渡した。お前は喜んだ──か?そこまでは憶えてねぇが、まぁ、皆ろくに世話しねぇで、数日すれば当然花は枯れてな。明楽が花を捨てた」
 思い出せない。
 そんな記憶はないが、それでも、花から目を離せなくなった。
「その翌日、お前が俺に訊いてきた。あの花は枯れたの、ってな」
 道路を走りながら、彼が笑う。
 彼は狐の面をかぶっていなかった。
 娘の前で、彼は狐の面をかぶっている事はほとんどなかった。
「すこしだけ驚いた。なくなった花の事を、捨てられた事実よりもその原因を問うてくるガキに。ま、花がなくなり、その原因といえば枯れたぐらいしかねぇから、当たり前だけどよ」
「………どうせてめぇは、花は死んだ、って答えたんだろ」
「何だ。思い出したのか?」
「んな事思い出さなくてもわかるよ」
 彼女は思わず、手のなかの花を守るように膝のうえに抱えた。
「花か」
 ぽつり、と彼がつぶやいた。
「どう足掻いても似合わねぇな、お前にも俺にも、純哉にも明楽にも」
 そう言って笑う彼に、彼女は仕方なく同意してやった。


















 もう死んでしまっている花。
 この花を生き返らせる事はできるだろうかと、赤色の請負人はその後しばらく考えていた。










「ねえ、
あの花は死んでしまったの?」





無邪気だったあの頃。






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