2007.8.25/「黙秘必須」






 そのひとに恋をしているといったらおかしいだろう。
 恋ではないと零崎曲識はわかっていたし、思い込みでないと断言できた。同じ零崎の名前を持つ彼は一賊の長兄で、家族だ。それ以上でもそれ以下でもない。零崎双識は家族という枠に存在していて、彼はそれで異論はないだろう(むしろうれしそうに笑うだろうと思う)。
「トキ、じゃあ、私は出かけてくるから」
 そんな思考に耽りながら、玄関で双識を見送る。少し出かけてくる、と言う双識の行く場所を、曲識は知らない。不定期に双識は行く先を告げずに家族を置いて出かける。そういうときの双識はたいてい苦笑のようなものを浮かべていて、どうやら行き先を知っているらしい零崎軋識は決まってとても嫌そうな顔をした。
 夕方、ひとが帰ってくる時間だった。橙色のひかりが、玄関の扉を開けると同時差し込んでくる。まぶしかった。振り返る双識は口元にちいさな笑みを浮かべながら曲識に言った。
「もし私が出かけている間に人識が帰ってきたら、私が帰ってくるまで家から出さないように。頼んだよ」
「わかった」
 その可能性は低いけれど。双識もわかっているだろう、ただいってきますと同じくらいに当たり前の言葉だっただけだ。
 双識はこれから、誰かを殺しに行くわけではない。大切な弟を捜しに行くわけでも。
「いってきます」
 にっこりと笑って、双識は背を向ける。
 どこに行くのかと、曲識は問わなかった。そこは踏み込んではいけないところなのだろうと、双識と軋識を見ていて漠然と思っていたからだ。
 けれど。
「───レン」
 ほとんど無意識に呼びかけていた。
 そして手を伸ばしかけていることに気がついたときには我に返っていた。
 扉が閉まる直前の声を、それでも聞き取った双識は振り返っていぶかしげな視線を投げかける。その視線を受けて、曲識はいや、とかぶりを振った。
「……いってらっしゃい」
 つぶやくように言うと、また笑顔を返される。いってきますともう一度言って、扉を閉めた。
 これは恋ではない。
 はっきりとわかっていることを、もう一度認識した。知らない彼をさみしく思わないし、行ってしまう彼を引き止めたいとも思わない。そばにいてほしいと願うことも、彼の出かける先にいる人間に対する嫉妬も。
(…………ただ、)
 とてもひどい誘惑があるのだ。
 この声で。
 このちからで。
 彼がどんなに抗おうと拒絶しようと、言ってしまいたくなることがある。
 時折誘いのままに動きそうになる喉を、曲識は慎重におさえている。心ごと封じて、忘れてしまうくらいに。
「レン」
 目を閉じて彼を想う。
 恋ではない。
 ならば何かと問われれば、答える言葉を曲識は知っている。
「『ぼくをあいしてくれないか』」





































 そう、まるで僕が愛すように。









愛と平和は相容れず、





ご苦労なことだ。






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