2007.8.25/「言われるまでもないことさ」






 ねぇさっさと僕のものになってよ。
 西東天は傲慢な男だが、自分だってそうだと架城明楽は思って笑った。おそろいだよ、うれしい?
「嬉しくない。しかも何だ、今更」
「えー?今更って?」
 笑顔でシーツの上に縫い止めた西東の、その手首が思ったより細いことに意識をやりながら問い返す。もちろんわかっていたし、わかっていることを彼はわかっているだろうが、それでも口にしてくれる。それも明楽はわかっていた。
「散々俺を好きにしておいて、まだ足りないのか?明楽」
「うん足りない。もっと好きにさせてよ西東ちゃん」
「今は性欲より食欲を満たしたいんだがな、俺は」
「さっきお酒飲んでたじゃん」
「酒と飯は別だろう」
 ベッドの上の会話にしては色気がないにもほどがあったけれど、慣れたふうに明楽は仕方がないと吐息した。つかんでいた手首を離すと、西東は寝転がったまま解放された手でベッドサイドの時計を見た。午前二時。
「……それより寝るか」
「え、寝るぐらいならヤろうよ」
「嫌だ」
「つめたいなぁ」
「そう思うか」
「うん。僕はもっと西東ちゃんを僕のものにしたいんだけどなぁ」
 枕に頭を埋める西東の顎に指をかけて、く、と上げる。されるがまま視線だけが合った。冷めた視線に笑いかける。
「ねぇ、僕のものになってよ」
「………お前は俺がお前のものだって思っていると、そう思っていたんだがな?」
 違うのか、と薄く笑う西東の、挑発するような声と表情に明楽は顎にかけていた指を頬に移動させた。撫でた体温は温かくもなければつめたくもない。ちょうどいい温度だ。
「思ってないよ」
「意外だ」
「ぜんぜん思ってない。西東ちゃんは僕が西東ちゃんのものだって思ってるって思ってていいけど、とりあえず僕は否定するよ。だって本当に、僕のものになってくれないから」
 そのあまい声音はベッドの上でささやくにはふさわしいもので、うっとりと形容できるどこか恍惚とした瞳で相手を見つめるのもおそらくこのシチュエーションにぴったりだった。ただその目に熱はない。あるとしてもそれは触れたら凍ってしまうような、温度のない熱だった。
「ここには純哉ちゃんも僕達の可愛いベイビーちゃんもぷに子ちゃんもいない、僕と西東ちゃんだけだよ。なのに西東ちゃんは純哉ちゃんのこと考える。『俺の娘』のこと考える。ぷに子ちゃんのこと考える。ぜんぜん僕のものじゃないじゃない」
「食べたいとか寝たいとかも考えるが」
 西東がまっすぐ明楽を見つめ返したまま言うと、明楽は勝ち誇ったような笑みを一瞬、浮かべた。
「ほら、ね?何か食べたいとか眠りたいとかお酒飲みたいとかシャワー浴びたいとか、考えないでよ。純哉ちゃんのことも僕達の可愛いベイビーちゃんのこともぷに子ちゃんのことも世界のことも今日見る夢のことも明日起きる時間も何も考えないでよ。ねぇ」
 頬を両手でやわらかく挟んで、顔を寄せる。吐息が触れ合う距離だが、ふれない。目を細めて、やさしくささやいた。とてつもなくいとしいものを見るような目で。
「はやく僕のものになって。僕の名前呼んで、僕のこと考えて、僕のこと見て。西東ちゃんの声で明楽って呼ばれるとぞくぞくするんだよ。言って。抱かせて。僕のものにさせて」
 西東はしばらく黙って明楽を見た。
 明楽もいつ呼吸をしていたのかという長いおしゃべりを区切って、西東を見た。触れる手つきはやさしいのに、そんなものを嘲笑うほどずっと凶暴なものを湛えて、西東にだけ笑いかけている。
 不意に西東が手を伸ばした。
 頬に触れる明楽の左手に手を重ねる。
 手はつめたかった。ただ明楽の手は温かい。触れ合うと、ちょうどいい。
「明楽」
 そして、呼んだ。
「明楽、」
「……うん、その調子」
 そうしてようやく、満足そうに笑う。
 まるで世界を手に入れたように。
「もっと呼んで。僕の名前しか言えないくらいに。僕の名前しか憶えていられないくらいに」
 西東ちゃん、頭いいから無理だろうけどね、でもそれでもやって、冗談のように言う。
 深まった微笑のままに明楽は体温を寄せた。けれどふれないのは、その声を耳に残すためだ。脳に、心臓に、刻むためだ。とにかく聞き続けるためだ。
「あきら」
「そう」
「明楽」
「うん」
「明楽」
「僕のものになるんだよ」
 そして同じように、ただ残すため、刻むため、聞かせ続けるために言葉を返す。
 睦言のように。
「僕も西東ちゃんのものになるから、西東ちゃんも僕のものになるんだよ。ずっと僕のものでいてね」
 絶対だよ、それは約束の言葉だったのかもしれない。
「───ほら、おそろい、でしょ?」





































 うれしいな、と笑う明楽の名前を呼びながら。
 西東もようやく、かすかに、笑った。









或いは狂気の沙汰





つまり、あいしてるってことでいいんじゃないか?






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