2006.1.3/「ほんとうに残念な事だけれどね」
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ぼくは零崎が嫌いだった。
零崎もぼくを嫌っているだろう。
実際確認してみた事がある。
「零崎、ぼくはきみの事が嫌いだよ」
「奇遇だな、俺もお前の事は大嫌いだ」
大嫌いといわれた。ちょっと負けた。
とにかくぼくは彼の事を嫌い、彼もぼくの事を嫌っていた。嫌い合っていた。それが真実だという事は、ずいぶん前に証明されている。そうたしか、はじめて出会ったとき、別れ際にした会話だった気がする。
零崎人識という殺人鬼が、ぼくは嫌いだった。
ぼくと異なりすぎるから、ぼくと似すぎているから、そんな言葉はなかった。ぼくは彼を嫌っていた。それだけがただの事実として現実にあって、零崎もそうだった。訊いた事はないが、零崎もきっとおなじ事をおなじように言うだろう。お前が嫌いなんだよ、ただそれだけだ、そう言うだろう。
「なぁ、でも俺はお前が死んだらこまると思う」
そういえば、とぼくは思い出した。零崎は大嫌い、と答えた後、そんな事を言った気がする。そうだ、別れ際にそんな事を言って、結局そのまままた会話を続けてしまったのだ。おかげでぼくはあの日、アパートに帰るのが予定より大分遅くなってしまった。
「どうしてこまるんだよ」
「わからねぇ──いや、わかるかな。お前はほら、俺と会わなかった方がよかったと思ってるだろ?俺もお前と会わない方が人生的によかったと思うけど」
「うん、たしかに」
「でも、何の縁かうっかり会っちまったからなぁ。お前に死なれたら、俺、こまるよ。この世で唯一のお前≠ェいなくなったら、俺はすげぇこまると思う」
「意外だな。きみはぼくが死んだらてっきり喜ぶと思っていたよ」
「ああそうだな、喜ぶかもしれねぇな。でも同時にこまると思う。かなしむとかさみしいとかはねぇと思うけど──うまく言えねぇな……おい、お前も考えてみろって。たとえば俺が死んだら、どう思うよ?」
「どう思うって……」
ぼくは想像しようとした。この殺しても死ぬ事がなさそうな殺人鬼が、もし、もし万が一死んでしまったら──その想像は難しかった、思わず途中で思考を放棄しかけたくらいだ──ぼくはどう思うだろうか。いつものように、死体を見てももう平気になってしまったぼくは、平然とその事実にそうですか、と言えるだろうか。
「ああ、そうだな、と思うよ」
言える、とぼくは結論を出した。
零崎は肩を落として残念がる──なんて事はなく、はっ、と笑う。
「お前らしいよ、欠陥製品」
「ありがとう、人間失格」
「褒めてねぇよ」
零崎は笑い続けた。
ずっと笑みを浮かべていて、それを消す事は別れのときまでなかった。
零崎と別れ、アパートに帰る道中、ぼくは零崎が言った質問をもう一度考えてみた。ひまつぶしのようなものだった。
もし零崎が死んだら。
零崎は、ぼくが死んだら、こまると言っていた。
こまる。
なぜ?
ぼくは零崎が死んでもかなしまないだろう。
さみしさもないだろう。
そんな事はありえない。ぼくはもし零崎が死んだら──零崎が死んだら──
「────ああ、そうだな」
ぼくはつぶやいた。
笑い出したい気分だった。
もちろん、笑わなかったけれど。
「たしかにこまるよ───人間失格」
きみの存在がなくなったら、
それはとてもこまる事に──ぼくは、失格となってしまうだろうから。
残念だけど君と僕が違うのはあたりまえ
ゆえに、その存在は必要不可欠。
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