2006.1.4/「宣戦布告!」






「レン、俺とつきあおう」












 緊張の声だった。
 ぶっちゃけ緊張していた。たぶんここに人識と舞織がいたら指差して笑われる。考えたくはないがあの害悪細菌がいたら間違いなく鼻で笑われる。
 しかし、幸か不幸か──テーブルを挟んだ向こうにいる相手は、そんな事はしなかった。ただ驚いたように目をぱちくりとさせている。ご飯を口に運んでいた箸が止まっていた。
 並ぶ温かいご飯。とりあえずカレーは勘弁してくれという事で、適当なご飯とおかずと味噌汁が並んでいる。食べれる味なのでよしとしよう。机のうえに置かれた携帯電話は目の前の彼のもので、いまはちょうど夕飯時の午後七時を指していた。
 硬直した零崎双識に、零崎軋識は箸を置き、わずかに身を乗り出して零崎一賊の長男へと言葉を繰り返す。
「レン、聞こえたっちゃか?俺とつきあおう」
「………………え」
 真剣に、真剣に言うと、双識は戸惑うように(当たり前だ)目をきょろきょろとさせた。
「あ、えっと、アス、意味がよくわからないんだけれど……えーと。つきあおうって……」
「言葉の通りだっちゃ」
「いやでもそれっていまさらじゃ」
「いまさら!?」
 思わずおおきな声が出る。双識はほんとうに不思議そうにまばたきしていた。
「だって、私たちは家族じゃないか」
 当然のようにそう言う双識に、軋識はそういう意味か、と肩を落とす。
 ……鈍感な男だとは前から思っていたけれど、まさかここまでとは。
 双識はもう解決したとばかりにまた箸を動かし始めた。
「あのな、レン。俺は家族としてつきあおうなんて言ってないっちゃ。じゃなくて、つーか、つきあおうって言ったら意味はひとつだっちゃ」
「ひとつって?」
 不思議そうに首を傾げる様子に、軋識は一瞬言うか言うまいか迷い、口をつぐんだけれど──
 どうせ乗り越えなければならない障害だ、と、やがて口を開いた。
「……レンと《害悪細菌》みたいな関係の事」
「─────」
 あ、止まった。
 箸が落ちた。
 からーん、といい音を立てて床に落ちる。
 ころころころ、と床をわずかに転がり、その音が消えると部屋に静寂が落ちた。
「────────な」
 しばらく口をまるく開けて、目をおおきく見開いて硬直した双識だったが、軋識がじっとそらす事なく見つめているとやがて言葉を発した。それはかたく、ぎくしゃくとしたものだったが。
「な、に、言ってるんだいアス私がそんな兎木吊さんとつつつつつつつつつつきあうなんてそんな事あ、あ、あ、ああああああるわけッ!!」
「自信満々にあの野郎が笑顔で断言してたけど」
 ぼそりと言っているあいだに、そのときのあの男の様子まで思い出してしまって軋識はすこしどころか相当不快な気分になってしまった。
 いつものようにいやらしい笑みを浮かべて。
 ……一瞬、マジで殺してやろうと思った。
「あのクソ野郎……ッ」
 無意識にだろう、双識がこぼした毒づく声が肯定を意味していた。
 軋識はひとつ息を吐いて、気を取り直した。そしてもう一度、あわあわとしている双識を見据える。
「うん、まぁそんなわけで、あんな奴の事は放っておいて、でもそんな意味で俺とつきあおう、レン」
 そう告げると、それでも双識はわからないというふうに、不思議そうな顔をした。
 今度はその言葉の意味ではなく──理由を問うように。
「アス、」
「レンが好きだっちゃ」
 その疑問をぶつけようと名前を呼んだのだろう彼の言葉を遮って、軋識は言った。
「レンは俺の事、家族だと思ってるだろうし、俺も思ってるけど──俺はそれ以上に好きなんだっちゃ」
「で───でも」
 双識はあわてたように──そしてこまったように、かぶりを振った。軋識はそんな彼を見る。流されたり黙殺されたりしないだけいいと思おう──こんな酔狂な告白を。
 ほんとうに酔狂だ。
 零崎双識は兎木吊垓輔と、そこにどんな感情があるかはわからないけれど、そういう関係、だというのに。
 零崎軋識は零崎双識を好きなのはほんとうだし、確かだが、彼女への感情はまだ残っている。
 過去のものとして、
 それでもたしかに。
「でも私は──……アスは家族だよ、家族としてきみの事は愛しているけれど」
「それ以外にどうか考えてほしいっちゃ」
「………アス、きみの言葉を疑うわけじゃないけれど、それでもきみは──彼女≠フ事はいいのかい?」
 今度ぶつけられたのは、あきらかな疑念。
 それでも澱みなく軋識は答える。
「愛してるのはレンだっちゃ」
「………それは、」
「だから」
 ふたたび双識のセリフを遮って、軋識がさらに言葉を紡ごうとしたとき──
 ………ぴろろろん、ぴろろろん、ぴろろろん、
「わッ」
 大袈裟に驚いて、びくっとからだをふるわせる双識の目の前で──
 携帯電話が鳴った。
 あわてて手に取り、着信の相手を見て、目を見開く──双識のその一連の動作を見て、軋識は瞬時に悟った。














 ────あいつだ、














 その瞬間。
 軋識は椅子を蹴るように立ち上がり身を乗り出し、その腕を伸ばした。
 迷うように硬直した、その双識の一瞬の隙を狙って、携帯電話を奪う。
「あっ」
 奪われた携帯電話を追うように顔を上げる双識を見たまま、視界の隅で携帯電話を開き、相手を確認する。
 そして躊躇いなく、切った。
 言葉が交わされる事なく通話が遮断され、ツー、ツー、という虚しい音が響く。
「ッ、」
 双識を見据えたまま、そんな事をやらかした軋識に、《自殺志願》は息を呑んで──
「───レン」




















 答を。
 そう促した《愚神礼賛》の手が、つめたい電話を、握りしめた。










奪ってみせよう、この腕で





ずるくたってかまわない。






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