2006.1.5/「とてもありきたりなセリフですけれど」






 彼女は彼に恋をしていた。














「あんたも酔狂だね。おなじ女として言わせてもらうけど、あたしにはよくわからないよ。あたしは狐さんの味方さ、だけど恋愛の対象には生涯なれないね」
 包帯に巻かれた肩をすくめて言う右下るれろに、一里塚木の実はゆったりと微笑する。
「それはいい事です。ライバルがいないのは好ましい事ですから」
「……………」
「ですから澪標姉妹のような方々がいちばんこまるんですよね。狐さんを狂信しているだけじゃなく、あの衣装のときならまだしも、ミニスカートとかときどき穿いてるじゃありませんか。うらやましいです、わたくしだっておしゃれをしたいのに」
「………すればいいじゃないか」
「空間製作者にはゆるされないんです。あ、でも、ゴスロリって狐さんはお好みにならないでしょうか」
「………………今度訊いてみればいいさ」
「そうですね。そうしてみます」
 うん、とうなずき、木の実はるれろが横たわるベッドの傍らに持ってきていた椅子から立ち上がった。
「さて、それではそろそろ時間なので失礼します。お相手ありがとうございました」
「いや、こっちこそどーも。何か用事?」
「ええ、狐さんに呼ばれているんです。ああそういえば、あとから奇野さんが来るとおっしゃってましたよ。そろそろ来ると思います」
 それでは、と彼女は最後まで優雅に微笑み、部屋を出て行った。木の実が廊下を歩いていく音に重なるように、どたどたと乱暴な足音が重なる。そして数秒後、奇野頼知が病室に飛び込んできた。
「よーるれろ!キノラッチ様が見舞いに来てやったぜ!そんなわけでほら、見舞いのバナナ」
「いらない」
「わがまま言うなよー。ほら、大サービスで二本」
「ますますいらないっつーの」
 バナナを二本手に椅子に座る奇野頼知と、去っていた一里塚木の実に対して、右下るれろはため息を吐く。
「あ、そういえばいま木の実さんに会ったぜ。やたらとうれしそうな顔してたけど、何、どしたの?」
 バナナの皮を剥きながら(食べてくれるならば大歓迎なのでるれろは黙って見守った)問うてくる頼知に、るれろはふたたび、肩をすくめてみせた。
「恋する乙女さ」






















 人類最悪は空間製作者が到着したときには、狐面をはずしていた。彼は長い石段の、最初から五段目に座っていた。つまらなそうに立てている膝に頬杖をついて、木の実が到着するのをまつ。
「遅ぇ」
「すみません。遅刻しました?」
「五分だけどな。どうした?お前が遅れるなんてめずらしいな」
「ええ、すこしるれろさんとお話を」
「ああ、るれろか。調子はよさそうだったか?」
「それなりに。起き上がる事はまだ無理なようですが、元気にしゃべっていらっしゃいました。ああ、あと奇野さんに会いましたよ。入れ違いでお見舞いに」
「あのふたりは仲が良いな」
「年が近いからでしょうか」
「お前もそんなに変わらないだろう?」
 そう笑う彼の横に木の実はゆっくりと座る。それから答えた。
「女性に年齢の話はするものではありませんわ、狐さん」
「そうだな。悪かった」
 素直に謝る彼に笑い、木の実はそれで、と話を切り出す。
「何かご用が?」
「ああ──たいした事じゃねぇんだが」
 彼は一瞬言葉を止めた。めずらしい躊躇いの気配に、木の実はわずかに驚いて彼を見た。
 そしてふと、この場所の意味を思い出す。
 そうだ──この石段の先は、
「ちょっとこの先に用があってな。空間製作を頼めるか──誰にも入ってほしくない」
「はい」
 木の実はうなずいた。彼は微笑し、狐の面を片手に立ち上がる。
「ありがてぇ」
 そう言い残し、下駄の音を立てさせながら、石段をのぼっていく背を座ったまま振り返り───
 それから木の実は笑みをこぼした。
 それは苦笑のようなものだ。
「狐さんのためですから、しょうがないですね」
 ゴスロリはあきらめましょう──そうつぶやいて、空間製作≠はじめる。










 一度だけ───
 来た事がある。
 彼に話を聞いて、この場所までついてきた事がある。
 彼はあのときも、この石段の五段目までしかついていく事をゆるしてくれなかった。










 今回は空間製作を頼むという事は、何か、いつもとは違うとくべつな用事があるのだろうか。以前来たときも、それ以前もそれ以後も、こんな事を頼まれた事はない。邪魔されたくない理由は何だろうか。木の実には想像の欠片もする事ができない。
 ………彼≠ノ、
 彼のなかでまだ生き続ける彼≠ェ死んだという──この先にある地で。
























「………いちばんのライバルは、あの方ですね」
 狐の面の、本来の持ち主。
 しかし、もうこの世にいない相手とどう戦えばいいのか──木の実は物憂げなため息を吐いた。










太陽の下では皆狂うのさ





太陽は、貴方。






html / A Moveable Feast


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送