2006.1.10/「血が滲むまでどうぞ」






 狐さん、と呼んだ。
 呼ぶ声はかすれてしまう。滑稽なほどに、かすれて、消えた。
「………ああ、」
 彼はわかったよ、というふうにうなずいたけれど、絶対にわかっていないと奇野頼知は断言できる。
 わかってない。
 狐さんはぜんぜんわかってない。
(当たり前、なんだけど……)
 は、と熱い息を吐く。
 こうやって抱き合って──つまりセックス──をしているときも、舞い上がっているのは頼知だけだとわかる。
 ずっと彼に煽られている。
「いい──です、か」
 彼は閉じていた目をうっすらと開いて、億劫そうに言った。
 その目は濡れ、体温は上昇し、目元や頬が扇情的に染まっていたけれど──ぜんぶぜんぶ生理的なものだ。
 感情的なものなんてどこにもない。
 頼知と違って、彼には───
「さっさと、しろ」
 彼の声もすこし、かすれていた。
 それが何だかうれしくて、すこしだけ気分が晴れる。
 頼知は彼の足をぐい、と持ち上げるように開かせて、いきますよ、ともう一度ささやいた。
 今度は返事はなかった。
 それに苦笑をもらして──一気に、入る。
「ッ………!」
「わッ……きつ……」
 声にならない声を上げる彼を抱きしめるようにしながら、思わずうめく。
 ひさしぶりなせいだろうか、見下ろす彼も痛みに顔を歪めている。……そのさまさえやっぱり扇情的なのだけれど。
「狐さん──力、抜いてくださいッ……」
「抜いて、るッ」
 お前のせいだバカ──抗議するような声。
 けれどその手は、シーツをかたく握りしめていた──つよく握っているせいで、いつも白い手は青白くさえ見える。
 ………力、抜いてないじゃん。
 頼知は一瞬、考えて──躊躇った。けれどほとんど数秒間で決めて、彼の右手を、取る。
「……………?」
 いぶかしげな顔をする彼に、笑ってみせたけれど、正直──拒絶されないか不安で。緊張して、ぎこちない笑みになっていたと思う。
 それでも、つかんだら驚くほどあっさりと力が抜けたその右手を持ち上げ、頼知の背にまわしてみた。
 彼と頼知の身長差にくわえ、腕の長さのちがいで、おそらく彼が両腕を頼知の背にまわしてもあまってしまうだろうが──
 それでも、彼の左手をおなじように背にまわさせた。
「爪、……立てて、いいです、から」
 彼の、黒く染まる爪。
 いつもきれいだな、と思っている事を、思い出す。
「あの……よかったら、です、けど」
 あ、どうしよう。バカしたかな。失敗したかな。
 へら、と笑ってみせるが、彼は反応せずにじっと頼知を見上げている。やっぱりさきほどと変わらず、濡れた目の目元は赤く染まっていて、視線さえ頼知を煽った。
 撤回した方がいいかな、と、頼知が落ち込みとともに思った瞬間───












 がり、












「ッ、」
 背中に鋭い痛みが走る。
 その事実が信じられなくて──突然襲った痛みというより、その感覚に驚いて、目を見開く。
「………さっさと動け」
 そう言う彼は笑っていなかった。
 というか、どういう表情なのか頼知にはわからなかった──その言葉の直後には、なぜだかキスをされていたからだ。
 うわ、と思う。
 繋がっている状態でそんな事されたら、──止まれません。
「ア、」
 あまい声が耳に届く度に、何かを堪えるように、背中に痛みが走る。
 たぶんもう血が流れている。
 傷跡だらけだろう。残るだろうか。残ってもいい。むしろ残ってくれたらいい。

























 とても、───うれしかった。










貴方の綺麗で細い爪が私に突き刺さる





こころをゆるされたきがしたんです。






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