2006.1.10/「愛ですか恋ですか」






「なぁ、殺してもいいか?」
「べつに」











 それはただの、日常の断片だった。
 夜道をふたりで歩く。零崎は甘ったるいホットミルクティー、ぼくはお茶。
 京都の冬──この国では京都と限定しなくてもいい事だが──は冷えて、呼吸をするたび、言葉を交わすたび口を開くと、白い息が吐き出される。その吐息は闇夜に浮かぶ月や星に届く事なく宙に消えていった。
「まじめに答えんなよ。冗談なんだから」
「ああ、そうなんだ。……って、わかりにくい冗談だなおい」
「よく言われる。本気の事言っても本気だってわかってくれねぇんだよな、皆」
 酷ぇ話だ、と零崎はいつものように笑う。
 ぼくはお茶を一口飲んでから(当然ぼくはホットを買おうとしたが、零崎に先に冷たい方を押された。とりあえず一発はたいた)、肩をすくめた。
「その皆≠フ気持ちがわかるよ」
「あ?そーか?」
「うん」
「ふーん」
 零崎は空を見上げた。ぼくもつられて見る、ような真似はしなかった。
「お前って」
「うん?」
「変な奴だよな」
「その言葉そのままそっくりお返しするよ」
「いや、俺がそう言う意味とは」
 そこで一旦区切り、零崎はミルクティーを飲む。
「そう言う意味とは──お前は矛盾してる野郎だな、って事。そりゃ、よくわかんねぇけど人間ってのはめちゃくちゃ矛盾してる生き物らしいし?昨日うれしいよ一生忘れないと言った事を翌日にはあれ昨日って何があったっけって言ってるような、そんな感じ」
「……………」
「お前の場合はそれが極端すぎるなって思うわけだ」
「極端?」
 そ、と零崎はうなずく。
 なぜか偉そうな態度だ。
「お前の場合は、昨日死にたいと言っていたのに」
 ぴ、とぼくを指差す零崎。
「今日は生きたいと言ってやがる」
 そう言って、笑った。
「一秒前には死にたくないと喚いているのに、まばたきの後には死ぬ事を受け入れる。そんな感じだな」
 ぼくは笑わないかわりに答えた。
「戯言の言葉なんて気にするなよ」
「気にするっつーの。お前なんだから」
「?」
 不思議な言葉を聞いた気分で、ぼくは立ち止まる。
 零崎も立ち止まった。
「お前は俺じゃない。だから気になるんだ。お前の矛盾が」
「……どういう事だ?」
「んー、つまり──お前は俺の鏡。正反対にして同一。ならばお前の矛盾は俺の真実である──といえるんじゃねぇの?」
「それこそ戯言だな」
 ぼくは肩をすくめた。
「ああ、冗談だ」
 零崎の言葉は冗談のようだった。
 だからそれが本気かどうか、ぼくにはわからない。
 わからなくてもべつによかった。
「さて。最初の質問から六分十二秒ぐらい経ったか?」
 零崎がどうでもよさそうに言って、歩き始めた。
 ぼくもそのとなりをおなじように歩き出す。
「六分十二秒前は、俺が殺しても、べつに。でおわったが──いまはどうだ?なぁ、欠陥製品、お前を殺してもいいか?」
 ぼくは思考せず、感覚だけで答えた。
「お前が殺されろ」
「………はは」
 零崎は笑い──その次の瞬間には、ミルクティーを持っていない方の手に、ナイフを持っていた。
 月光に輝くナイフ。
 うつくしいとは思わない。
 ただ、それに、惹かれた。
「傑作だが──ま、俺らは、死なねぇな」
 ナイフを突きつけられる。
 ぼくはナイフに映る自分を見た。
「それにだけは同意してやるよ、人間失格」





















 ぼくらの日常は、そのナイフに切り裂かれて、おわっていった。










ナイフに酷く惹かれるけれど





あなたはそれを手に殺せ。わたしはそれに焦がれ見つめ続ける。






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