2006.1.12/「何をしたってかまわない。きみの事なら何でもゆるしてあげる」
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殺そうかと思った。
「────ッ!!」
とんでもない事を言われた。言われた。言われた。
たったそれだけの事で殺意が膨れ上がった。
殺伐とした激情に身を苛まれるなど、零崎双識はひさしぶりだった──あるいは常に感じているかもしれないが、すくなくとも意識して思ったのはひさしぶりだったのだ。
だが凶器を突きつける事はしない。
兎木吊垓輔に対してそんな事はしない。
ただ立ち上がった。椅子を蹴って、勢いよく。
何かを言おうとして口を開きかけ、そのままかたく引き結び、上着を手に取ると羽織りながら足早に歩いていく。店中の注目を浴びているとわかっていながら、かまわず出て行った。
からんころん、と出て行くとき、扉についていたベルが鳴った。
それさえいまの双識を不快にさせる。
(ふざけんな)
ずかずかと曇り空の下を歩く。朝なのか昼なのか夕方なのかわからない天気だ。それでも夜の闇は否応なしにくるまだから、どうした事かと思う。
(ふざけんなふざけんなふざけんなッ……!)
いらいらする。
怒りがおさまらない。
(最低だ、最低だ、あんな)
「双識くん」
肩をつかまれると同時に呼びかけられる。
そしてそれと同時にその手を振り向きざまに払い除けていた。
きっ、と追ってきた兎木吊をにらみつける。
「………こわいな。視線で殺されそうだよ」
「かまうな」
一言そう言い、ふたたび背を向けて歩き始める、そこで今度は腕をつかまれた。
叩き落とそうとしたときにはぐい、と引き寄せられ、無理矢理目線を合わせられる。
「何を怒ってるんだい?」
「はなせ」
「俺がきみを愛していると言った事?俺がきみをほしいと言った事?俺がきみと彼女≠セったら彼女を選ぶと言った事?」
言い聞かせるような声音に苛立ちが増す。
そのまま腕を引っ張られて、建物と建物のあいだの薄暗い路地に引っ張られるが、どうでもよくなってされるがままになる。
どうでもよかった。
夜が近づいてくる。
「きみは零崎であるがゆえに、闇の中だと言った事?」
「だ」
だまれ、と言おうとしていた。
けれど言葉が途中で途切れる。
(誰もいない)
───わざわざ思い出させるな。
わざわざ掘り返させるな。
抱えながらも忘れようとしない事で乗り越えたはずの傷を、こうも簡単に、抉る。
───まっくら。
ここに存在しない無意味の意味。
「………何がわかるッ………」
抗議の声はみっともないふうにかすれ、毒づくように双識の唇からこぼれた。
思わずうつむいた先にはつめたい地面。
「気軽に、容易く、闇と言うな。わかってない。闇の意味も無の意味も知らない。そんな兎木吊さんに何も言われたくない」
「俺のような一般人から見れば、きみの属する世界は闇だと言いたかっただけなんだけれどね」
それは正しいのだろう。
あたまの片隅でそう思う。
それでもゆるせなかった。
ゆるしたくなかった。
ゆるしたら呑み込まれてしまう気がした。
「言葉が足りなかったかもしれない、すまない──俺はきみが闇だなんて、無だなんて、言っていない。きみはここにいる」
一瞬、息を呑んだ。
顔を上げたくなるが、それを拒否するように目を閉じてしまう。
みっともない、情けない。
「双識くん……?」
やさしげに名前を呼ばれるが、双識はかたく目を伏せていた。
───まっくらな世界だった。
家族はひとりもいなかった。
こんなふうに腕をつかみ、言葉をかけてくる人間は──誰もいなかった。
誰もいなかったのだ。
「俺のさっきの言葉を、いま続けても?」
兎木吊の言葉に、双識は答えない。
かまわず兎木吊は続ける。
「俺にとって零崎は闇の中だ。ゆえに双識くん、きみもね。双識くんは闇が嫌い。無が嫌い。けっこう、かまわないさ──だから年上として俺がひとつ、助言をしよう。双識くん」
闇が無が嫌いだと、いつ言ったのだろう。
わからないまま双識は唇を噛みしめる。
………こわい。そんな気がした。
「闇がこわいのなら目を開け」
低く、耳元でささやかれた言葉。
「目を開けた先の闇がまだこわいというのなら、俺を呼べばいいよ」
冗談のように、真剣みを帯びている声。
双識は唇を開き、空気を吸い込んで──閉ざした。
「俺が助けに来てあげる」
嘘ですね。
そう言おうとして、双識はやはり唇を開く事はなかった。
ただ、ゆっくりとまぶたを押し上げ、ゆるりと顔を上げる──
「………あなたが嫌いだ」
「そう?俺はきみの事、けっこう気に入ってるんだけれどね」
言ってにっこりと笑う兎木吊に、双識は、ああ、と思う──
双識が望んでいた事を、あっさりと言ってしまう男。
殺してしまいたいと思った。
きっとその衝動さえ笑うだろう男を、
(────だから)
その口でどうかこの僕を
突き放してやくれないか、
ぐちゃぐちゃに。めちゃくちゃに。
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