2006.1.13/「お互い様」






 昨日笑った顔で殺人し、今日凶器を持った手で家族を愛し、明日生きながら誰かをおわらせる。
 その行為の中で、彼がもっとも重要だと考えるのが家族≠セった。










「おかえり、アス」
 零崎軋識が帰宅したのは午前三時二分。秒まではわからない。
 とにかく、今日──じゃない、昨日の夕方に出かけたといっても、たいていの人間は眠っている時間の帰還。
 迎える人間は誰もいないと思ったのに、おかしいと思ったのだ。
 リビングに灯る明かり。誰かが消し忘れたのだと思ったが──大方零崎人識あたりが──そんな事はないようだ。リビングのソファに座って、いつもの黒いスーツの姿で、零崎双識はそこにいた。
 テーブルのうえには酒。と、コップ。
 酒瓶はもうほとんどない。ちいさくもないおおきさの酒瓶だ、その量をひとりで飲んだのだろう──そう思い、ため息を吐いた。
「ただいまレン。……飲みすぎだっちゃ」
「アスが遅いからじゃないか。待ちくたびれてしまったよ」
「何時になるかわかんないから気にすんなって言わなかったっちゃか?」
「気にしない事なんてできないよ。家族なんだから」
 そう、いつものように言う双識は──怒っているのだろうか。
 からん、と氷と酒の入ったコップを手に、ソファのそばに立つ軋識を見もしない。はじめにおかえり、と言ったきりだ。
「ご飯、食べてきた?」
 双識は酒に口をつけながら言う。
 軋識はどうしたものか一瞬、悩み──そしてソファに座った。双識との距離は、いちおう、半人前ほど開けておく。
「あー……うん」
「何だい、その曖昧な返事」
「いや、ちゃんと食べてきたっちゃよ。でも八時くらい、だから──いまはもう、お腹すいたっちゃ」
「ご飯、念のためとっておいたよ。アスの分」
 ……ご飯はいらないって言ったのになぁ。
 こういうところが零崎双識だ。
 申し訳なくてありがたくて、複雑な気持ちになる。
「冷蔵庫に入ってるから」
「………なぁ、レン」
「ねぇアス」
 意図的に遮られる。
 双識は軋識をやはり見ないまま、酒で濡れた唇を開いて、言った。
「私を捨てたら殺すよ?」
 そこで、目が合う。
 思わず息を止めた軋識に──双識が笑いかけた。
 声の温度がもどる。
「冗談だって。酔っ払いの言う事なんか気にしないでよ」
「……酔ってるんちゃ?」
「んー。本人は酔ってないつもりなんだけど。あたまがくらくらして理性が働かない」
 そう言って、くすくすと笑う。上機嫌に見えるけれど、その目は笑っていないように見えた。
 それさえも彼が押し隠している事なのかもしれないけれど。
「でも私は、家族が大切だから。家族といっしょにいたいんだ。零崎が私を含める他の家族を捨てるなんて、信用をしていないなんて事はないけれど、不安になる事はないかい、アス」
「……………」
「私は不安なんだ。人識がもう帰ってこなかったら、舞織ちゃんが普通にもどってしまったら、アスが私たち以外の誰か≠ニずっといっしょにいたら──不安なんだよ。とてもとても勝手な事だけれど」
「そんなの」
 気がつくと、口を開いていた。
 言うつもりはない。
 言うな。
 そう理性が制止するのに、──ああ、理性が働いていないのはこっちの方だ。
「そんなのは俺だって思うっちゃ。不安に思うなんて、当たり前だっちゃ」
「アスもあるのかい?」
 意外そうに目を見開く双識へうなずく。
 双識へ。
「レンは──レンが家族が大事で、絶対に家族を捨てないのはわかってるっちゃよ。でも、」
「………でも?」
 その後の言葉を続けようとしない軋識に、双識がやさしげに促す。悩むように眉を寄せた軋識の、悩みを長男として家族として聞こうという姿勢だろう、さきほどまでの表情は一切ない。
 不安そうな、怒っているような、そんな自分自身の感情は──双識はもう、軋識の言葉を聞くために押し殺してしまった。
 軋識は続きを言おうとして、そんな双識を見た。
「レンは」









 ───あの《害悪細菌》に。









 それを振り払うように口を閉ざすと、腕を伸ばした。
 双識の手からコップを奪い、それをテーブルに置く。それとほとんど同時に距離を詰め、キスをした。
 何の前触れもなく。
 家族が家族にするキスのように。
「………アス?」
「俺はきっとレンが俺らを捨てたら殺すっちゃ」
 ───俺ら、ではなく、俺、だけれど。
 心のなかでつぶやいて、目をぱちくりとさせる双識に対して続ける。
「ずっとそばにいて」
 とてもあまったるい、情けない言葉。
 けれどそれに、双識は見る見るうちに顔を輝かせ──にっこりと、とてもうれしそうに、こどものように笑った。
「もちろんだよ」














 ───滑稽だ、と軋識は思う。
 零崎双識は家族を捨てなくても、あの男に奪われている≠ニいうのに。
 零崎軋識が、あの少女に対してそうであるように。
「……酒のにおいがする」
 飲んでたからね、とうれしそうに笑う双識に、笑い返した。
「アス」
 軋識も双識も、昨日笑った顔で殺人し、今日凶器を持った手で家族を愛し、明日生きながら誰かをおわらせる。
 大切なのは家族。
 それでも──奪われていくのだろう。



















 言葉をひとつ押し殺して、つよくつよく彼を抱きしめた。










僕にとってはもう君は理解不可能





ただいまと言っても、おかえりと帰ってこなくなる。
おかえりと言いたくても、ただいまの相手がいなくなる。






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