2006.2.10/「天使のように可愛らしくて、だからあたしは、」






 ひとりで少女は立ち尽くしていた。行き場がないように、そうする事しか知らない産まれたての赤ん坊のように、彼女は立っていた。
 彼女が立つのは母校のそばだった。母校、そう、母校だ──いまは廃校となっている彼女が過ごした母校は、もう誰もいなかった。教師も生徒も、部外者もいなかった。彼女は門を通って中に入ろうとしなかった。門と校舎が視界におさまる、ぎりぎりの外>氛氓サの道端で立ち尽くしている。
 朝方、まだ早朝といっていい時刻。
 もとより廃校に近寄る人物などいなくて、だからその場にいるのはその少女だけだった。
 少女はセーラー服を着ていた。知っているものが見れば、少女の着ている制服が、彼女が母校≠ニ称するその高校のものと違う事に気がついただろうが──そんな人間はどこにもいなかった。理解している人間しか、もうこの世にはいなかった。
 彼女は飽きもせずに、約十分間その場に立って、ただただ門と校舎を見ていた。
 だがふと、いままでまばたきさえしていなかった目を伏せて、そして開いたときには踵を返していた。
 しばらく歩いて、角を曲がったところで彼女は目を見開く。
「よ」
「……遅かったね」
 かるく手を上げてみせて軽快に笑う女性と、表情は乏しいもののやわらかな声音な少年が並んで立っていた。ふたりの傍らには、女性とおなじような赤の車。少女はそれを知っていた。
 少女は思わず立ち止まって、まだ距離が離れているふたりを凝視した。びっくりしたような顔でおおきな目をぱちくりとさせ、やがて声をしぼり出す。
「ど──どうしたですか、潤さん、師匠──」
「んー?決まってんだろ。お前の卒業祝いだよ」
 まるで呼吸の方法を問われたかのように、至極当たり前のように言うものだから、少女は一瞬硬直してしまった。
 少年が、赤い彼女の言葉を引き継ぐように──けれど彼自身の言葉で、言った。
「卒業おめでとう、姫ちゃん」
 少女は一瞬───
 顔にこびりついていた笑みを消した。
 それから、ふ、と微笑んだ。
 やわらかく。
 やさしげに。
「ありがとうございます」















 最後が近い、夏の卒業の話。










貴方は優しく微笑んでくれたのに





できうるならば、ずっと笑っていてほしかった。






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