2006.2.10/「それこそ、まさに慟哭」






 世界のおわりなんか見てどうしたいんだよ。













 そう問われた事は何度かある。たとえば、同意してくれたから≠るいは西東天が望んだから>氛氓ヌちらの理由かわからないが、最終的には協力者となった架城明楽と藍川純哉。親友であった純哉と、世界で唯一、ただひとりの同類≠ナあった明楽のふたりは、西東天のその途方もない願いにまずそう問うた。

 手足として選んだ《十三階段》の何人かも、おなじ問いをしたし──もしかしたら、敵≠燒竄、てきたかもしれない。あまり明瞭には憶えていない。どれも答はおなじだったからだ。西東天のその問いに対する解答は明々白々、わかりやすすぎて逆に複雑──そう評したのは、さて……誰だっただろうか?
「………ヒューレットか?」
 ぽつりと声に出してつぶやいて、そこで傍らを歩く女性がいぶかしげな声を上げた。
「狐さん?何いきなり七愚人の名前つぶやいてるのさ……」
 あきれたような声は、右下るれろのものだった。もう夜中に近い、その日がおわるという夜の時間──横断歩道を前にして、ふたりは立っていた。時間も時間で、人気はすくなく車の通りも少ない。時折通る通行人や車が、青信号になっても渡らないふたりを不思議そうに見たが、たいていが酔っ払いや帰路を急いでいる者たちだったのでかまわれる事はなかった。
「ああいや……そういえばるれろ、お前は俺に問うた事があるか?世界のおわりを見てどうしたいのか≠ニ」
「え?……いや、たぶんないと思う……さ」
 記憶を探りながら、幾分包帯の少なくなった彼女はそう答える。そうか、と彼が言って、誰だったかとぼやく姿に彼女はあきれたようにため息を吐いた。
「何か黙り込んだと思ったら、また物思い?となりにいるあたしの事放って、それはないさ狐さん」
「ああ、ちょっとまて──思い出しそうなんだが」
「何を」
 ほんとうにあきれているらしい。半眼で見てくる彼女にはかまわず、彼は考え込む。
「その問いに対する俺の答はいつもおなじ──けれどその答にそう返したのはただひとり──」
 ぶつぶつとつぶやいて、腕を組む。
 ……手足の誰かだろうか。
 師であるヒューレット助教授かと思ったが、そんな事はないだろう。彼に世界のおわりを見たいと語った記憶さえあやふやだ。
 純哉でも明楽でもない──誰だっただろうか……?
 やけに気になってしまって思考を進めたが、答には辿り着かない。
「………駄目だな、思い出せん」
「狐さん、ボケた?」
「まだ三十九歳だぞ」
「四十歳のお祝い何がいい?」
「四十代になったからって落ち込んだりボケたりはしねぇぞ。そんなんじゃ人類最悪の名が泣く」
 冗談めかして言うと、はいはい、とどうでもよさそうにるれろは笑った。
 しばらく、ふたりの間に静寂が走る。
 その間に、三度信号は青になり、そして赤になったところで、るれろが口を開いた。
「あたしはあんたのところに帰っていいのかい?」
 ささやくような言葉。
 それに彼は笑って答える。お互い相手を見ずに、交わした。
「言っただろう」
 右手を伸ばして、くしゃり、とるれろの髪を乱暴に撫ぜた。
「お前の意志さえ残っていれば、いつでも戻ってこれる───と」
 かつて言った言葉をそのまま繰り返す。
 それは西東天の中でも、決して変わらない意志のひとつだった。
「《十三階段》は解散したのに?」
「……素直じゃねぇ奴だな。まぁ、ここは一度切り捨てた俺が悪いという事で折れようか」
 笑って、ぽん、とるれろの頭を一度叩くように撫でる。
「俺のところに、帰ってこい。るれろ」
 そして、ついでのように言った。
 それこそ当然のように──当たり前に。
「もういまは、手足じゃねぇしな──命令じゃない。俺の頼みだよ。るれろ、どうだ」
 そこではじめて、彼は人形士の方を見た。
 るれろはその視線にこたえるように、ゆっくりと顔を上げて、彼を見上げる。
 それから、泣き笑いのような矛盾した表情で、それでも迷子が親を見つけたときのように──笑った。
「……あんた、やっぱり最悪さ」
 答が届く。
「あたしがあんたへの忠誠を、失っているわけがないじゃないか」



















(───────あ)
 そのとき。
 雷鳴のように突然、西東天の脳裏に、それはあざやかによみがえった。





















『世界のおわりなんか見てどうしたいんだよ』
『俺がしたいからそうする。そうだな、つまるところ見たいだけさ。世界のおわりを、な』
『………なるほどね。明々白々、わかりやすすぎて逆に複雑、だな』
『何だと?』
『結局てめぇは、世界のおわりを見たいのとおなじくらい、見せてぇんだろ──てめぇに身や心を捧げてきた忠誠の塊どもに。それを、てめぇは己の代理≠ノしてるんだろ』
























 鮮烈な赤。
 ……そう、答を与えたのはあの女だ。
「ははは───」
 思わず笑い声をもらした彼に、るれろがいぶかしげに眉をひそめた。
 それに、手を左右に振ってみせる。もう片方の手で顔を押さえて、微笑を隠すようにしながらも、それでも笑いをおさえられない。
「くく───何でもねぇ、よ───ははは───あははは───」
 しばらく笑いはおさまらずに、彼は笑い続けた。





















 死んでいった者たち。
 いまなお生きて彼の手足となる者たち。
 敵である者、味方でない者、味方である者。
 そう、世界のおわりをこの目で見たい、だがそれはつまり、彼らにも世界のおわりを見ろと願っているのだ。
 そのときにきっとはじめて──この罪も何もかも、償えるのだろうから。
(ありがとう、ね……何て俺に似合わねぇ言葉だ)

















 救いの日を求めている。
 世界のおわりと意義をおなじくする、救いの日を。










全てが消えてしまう日に願う事





誰よりも救われたいと願ったひと。






html / A Moveable Feast


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