2006.2.23/「とてもあまくて、にがい」
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俺のものになってくださいと言えば手は振り払われる。
けれど抱きたいと言えば簡単に受け入れるだろう。
「お───い、」
それはすこしだけ焦燥を含んだ声だっただろうか。
ただの願望かもしれない。……その可能性が高い。
「頼知、……おい、」
息が熱い。かすれている声。いま声を出せば、ほぼ確実に奇野頼知のそれは彼のものを上回ってかすれているだろうが───
だからというわけではないが、口をつぐんだまま畳の上に敷かれた布団に彼の──西東天のからだを組み敷くようにして、貪るようなくちづけを続ける。抗議する手はつかんで封じてしまった。つめたい畳に押しつけた手首の細さに、この手はあえて振り払われていないのか、それともこの細さゆえに振り払えないのか、判断が曖昧になる。いや、それは思考が混濁しかけているからだろうか、
「ら、いち──いい加減に──」
顔をそらしておわりにしようとする彼を無我夢中で追いかけて、また唇を重ねる。抗議の声が唾液に落ちて、絡まって、溶けた。
「んッ………!」
押し殺された声にぞくりとして、同時にはっとした。
────だめだ、
(もどれなくなる、)
思考が脳裏を過ぎった瞬間、ばっとからだを離していた。
けれど態勢は変わらず、手は拘束して、彼のからだは押し倒したまま。
ぬくもりを手離すほどには我に返れていなかった。
「………何で、こう、押さえつけるのが好きなんだか。お前らは………」
「え?」
ちっ、という舌打ち混じりの言葉は、すべて聞き取れなかったうえに聞き取れた部分だけでは意味もわからず──聞き返した頼知に、しかし彼はもう何も言わなかった。
ただ何も言わずに、頼知を見ている。
……その目に、病毒遣いが弱い事を知っているからだろう。
「で?」
彼は頼知から視線をはずさず、言った。
ただ促すように。
「望みは何だ?頼知」
「………わかっ、てるんでしょ、狐さん」
答える声がかすれる。
彼はまるで、慣れたように──あるいはこんな事はたいした事ではないというように、平然としている。常のように、頼知と向かい合っている。
ただそこに浮かぶ感情はわからない。
わからないまま頼知は正直に答えた。
「俺がほしいのは、狐さんです」
告げた言葉に、彼は何の反応も示さなかった。
何の言葉も、……返さなかった。
「…………狐さん」
「わかっているんだろう、頼知」
お前なら、と彼は続けた。
ぎり、とその手首を握りながら、聞く。
「俺はお前のものにはならない」
「………ッ、わかってるよそんな事!」
しずかな声に対して、押し殺したような声がこぼれた。
細い手首。
意志の変わらない瞳。
……押さえつけても何も、進みはしない。
「わかってる……そんな事、わかってます、でも」
………もどれなくなる、なんて、
バカな事を思った、と笑みがこぼれた。
「狐さんが、……好きなんです」
もうとっくに、もどれないのに。
もう手の施しようがございません
私が死んだって、あなたが死んだって、
……あなたは私のものにはならないから。
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