2005.12.23/「世界の中心よりも遠く、世界の隅よりも近い」






 気がつくと、
 愛しちゃっていました。



















「そんなバカな……」
 これって冗談?性質の悪いいじめ?
 とりあえず奇野頼知は自分の頬を抓ってみた。痛い。どうやら夢じゃないようだ。
 夢じゃない。
 そうなるとこれはマジらしい。
「いやまて落ち着けキノラッチ!違うって!これは違うぜ俺!」
 思わずひとりごと(しかもニックネームだ。誰も呼んでくれないけれど)をつぶやくというより叫びながら、頼知は立ち上がった。かたい決意を秘めて、現在頼知の所属する組織が住処としている和風な家、そのうちひとつ宛がわれた自室から飛び出す。
 落ち着くために外の空気を吸おうと思った。廊下を歩き、いくつかの部屋を過ぎ、玄関で下駄を履いて外に出る。
 よく晴れていて、頼知ははーと息を吐いた。
「うん、たぶん、勘違いだこれ。それしかない。それ以外あるわけがない」
 うんうん、と、きれいな青空を見上げながらつぶやく。頼知は腕を組んで、しばらくそこに佇んだ。
 ────そうだ、狐さんの事を考えていたんだ。
 つめたい空気を浴びていると、だんだんとあたまが冷えていく心地を憶える。混乱して沸き立つようだった脳内が正常にもどっていく。ああ、よかった。頼知は息を吐いた。
「うん、こんなのは、思春期の過ちってやつだな。俺ってまだ若いなぁ。でもよかった行動に移す前に勘違いだって気づいておいて。さすが俺」
 ぶつぶつと言葉を紡ぎ、うんうんとうなずく。
 ぼんやりと空を見上げて、それから頼知はもう一度息を吐き出した。そして、すぅ、と吸い込む───























「頼知」
 はいはいはい!と元気よく返事をした声がすこし裏返った気がした。そのせいか、それとも元気がありすぎたせいか、声をかけてきた男は──西東天は何だ、とあきれたように息を吐く。
「そんなに大声を出すな。やかましい」
「すみません何か元気があふれちゃって!」
 笑顔でそう答えると、狐面をかぶったままだったので表情はわからないが、いつものようにふん、と言って、彼は頼知に歩み寄ってきた。何をするでもなく、ただ部屋にちょこんと座っていた頼知の向かいに座る。彼は座るときいつも胡座をかくので、べつにいいのだが、こう、…………うん。
「何のご用ですか狐さん!何かお仕事っすか?」
「ああ。すぐにじゃないが、動いてほしい事がある。いまから一週間後だが」
「ぜんぜん大丈夫ですよ!俺はいつでもフリーです何でもご命令を!」
「………頼知」
 ぐっと拳を握りしめて言うと、彼はため息を吐いた。しずかに名前を呼ばれて、頼知は一瞬、止まる。
 彼はやがて、ゆっくりと狐の面をはずした。きれいな指先が狐面を置く。
 西東天の素顔が曝されて、その澱みのない、汚れているはずなのに魅せられる瞳が頼知を捉えた。
 どきりと心臓が高鳴ったのは──勘違い。の、はず。
「お前がおかしいのはいつもの事だが」
「いつもの事って……」
「何なんだ。いつにも増しておかしいぞ」
 彼は外に出ているときは狐の面をあまりはずさないが、こうした住処や、頼知のような十三階段の前だとはずす事がやや多くなる。
 何となくそれがとくべつみたいでうれしかったわけだが、いまその素顔にじっと見られるのは、何だか居心地が悪い。
「熱でもあんのか?そういや顔色悪ぃな。ドクター呼ぶか?」

「いやいやぜんぜん!大丈夫っす!ただ何つーかこう、最近とんでもない事実が発覚しちゃったみたいなんですが、でもそれはただの気のせいでしてしかし何でそんなに気のせいが起こったのか疑問なんですハイ」
 息もつかず一気にそう言う。彼はん、と意外そうな顔をした。
「めずらしいな。何だ、聞かせろよ。おもしろそうだ」
「そそそそんな!狐さんのご興味の範囲に及ぶような話じゃありませんですよ!」
「いまちょっとひまなんだよ。俺のひまつぶしにつきあえ。そして話せ」
 暴君だ──と奇野頼知が思うわけがないが、しかしそれでもその命令はちょっとこまった。さっきやや肌寒いなか外に出て、あたまを冷やしたというのにまた脳内がざわざわしてくる。思春期。それよりも性質が悪い。
 性質が悪い。
 頼知は胸中で繰り返した。彼は沈黙する頼知に、いよいよ疑問で、また興味が深まってたまらないというように言葉を繋げた。
「ほんとうにどうしたんだ?お前のそんな真剣な顔は滅多に見ねぇからまぁおもしろいが──原因は」
「えっと」
 えっと、と、頼知は意味もなくうめいた。
 しばらくの沈黙。
 それは彼によってすぐに破られた。
「俺か?」
「へ?」
 疑問に疑問で返すが、彼のそれはすでに確認だった。顔を見た頼知の目に映ったのは、なるほど、というような顔をした遊び人。
「そうだよな──お前がそんな顔すんのは俺の事ぐらいだよな、考えてみれば。なるほど、それじゃ俺に話せねぇわけか。納得した」
「え、ちょ、狐さん───」
「とんでもない事実、ね──それに俺が関わってるとして、まぁそれは気のせいだったわけだ。で、なぜそんな勘違いが起こったか──べつにもう勘違いと確定しているのなら俺に話したら解決するかもしれないぜ?」
 それとも逆に、やはり話しにくいか?と、彼はすこし、笑う。
 いつも浮かべるような、おもしろがっている、そう──まさしく遊び人が浮かべる微笑だ。
「どうだ、頼知。俺に話さねぇのか」
 次に会うとき、俺はもう、忘れてるぜ?
 挑発するような物言いは、彼がするにはめずらしくない事だ──頼知は一瞬息を呑み──止め──吐いた。
 冗談。
 そうだ、これは冗談のようなものだ。
 さらりと、言ってしまえばいい。もう、これは事実と反しているという事なんてわかっている──
「狐さんの事愛しちゃってるんです」
 ぽろ、音を立ててこぼれる言葉。
 予想していたのか、予想していなかったのか、彼は表情を変えない。いや──違う、笑みを消した。無表情だ。いつもよりもずっと、無表情だ。
「それが発覚したんですが勘違いだと気がついて、でも何でそんな事間違いでも思ったんだろうって考えてました」
 一度言ってしまえば言葉があふれる。そうか、と彼は言って、それからさらに何かを言おうとした。
 それが見えていたはずだった。
 見えているならば頼知が彼の言葉を封じ込めようなどと、遮ろうなどと思うはずがなかった。
 けれど、言葉が、続けてこぼれた。
「俺、狐さんの事愛してます」













 ────駄目です。
 やっぱり勘違いになんかできません。













「………そうか」
 彼はしずかにうなずいて、す、と立ち上がった。
 狐の面を片手に持ち、そのまま背を向けようとするので頼知はあわてて立ち上がった。その細い腕を思わずつかもうとして、しかし彼が部屋を出て行く直前で立ち止まるので、不自然な姿勢で思わず止まる。
「似ているな」
 え、と、聞き逃してしまいそうなつぶやきに聞き返した。
 答はなかった。ただ、さきほどの答があった。
「俺は愛よりも手足がほしい」
 背を向けたままの、それは──決定的な拒絶だった。
「お前が何かしたいというのなら好きにすればいい。俺はどうでもいい。だが俺にそれを求めるな。わかるな」
 返事はできなかった。
 彼が肩越しに振り向いた。横顔が見える。
「頼知」
 名前を呼ばれる。
 息を吸い込んだ。
「………は、い」
 返事は掠れていたが、彼はそれでよかったらしい。微笑を残し、背を向ける。
 頼知はしばらくそこに佇んだ。
 勘違いにしておけばよかったな、と、すこしだけ呪う。
 それから息を吐いて、ゆっくりと座り直した。
 さきほど返ってきた答を、無意識のうちに脳内で反芻して──そして勢いよく立ち上がる。
「狐さん!!」
 廊下の奥に消えようとしていた影に向かって叫んだ。
 ん、と、まだ素顔のままの西東天が振り返る。
「好きにしていいって事は──追いかけていいんですか!」
 返事はなかった。
 返ってきたのは、───微笑。
 それが廊下の角を曲がり、消えていくのを見送った後──頼知は、は、と笑った。
「………かなわねぇや」
















































































「………ふん」
 仮面を被り直して、ひとり、つぶやく。
「追いかけて来い」

















 ────世界のおわりまで、
 その覚悟があるというのならば。










最後から最後




その場所で、あなたの望む愛を見せてあげよう。






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