2006.1.1/「わたしは想う」






 あのひとがほんとうはきれいなひとだって、誰も知らなくていいと思う。
 知っているのは俺だけでいい。













(………でもたぶんみんな知ってるだろうなぁ)
 だからこその十三階段。だからこその人類最悪。
 奇野頼知はひとり、ため息を吐く。
 そんな事わかってるさ。いいんだ。あのひとが手足を失わないのはたいせつな事だし、あのひとがもてるのは周知の事実だ。そして俺はその手足のひとりで、もてるという事実を証明するひとりだという事も周知かどうかはわからないが事実だ。
 べつにいい。だって事実だからしょうがないし。
(それに、俺はたぶん少なからず愛されてるし)
 すくなくとも澪標姉妹よりは!
 そんな、彼女らにとっては侮辱でしかない事を考える頼知の思考を止める者は、残念ながらその場にはいなかった。
 コンビニに買出しに行った頼知は雑誌やらお菓子やら弁当やらをあさりながら思考に耽っていたからだ。他の十三階段のメンバーはそれぞれ好き勝手にやっていて、おそらく彼らのなかでコンビニに行く≠ニいう一般的な行為をしているのは頼知ぐらいだった。
(とりあえず狐さんの好きそうな漫画でも買っていくかな……でもあのひと何が好きなんだろう。高橋留美子の事はよく言ってるけど、それだったら持ってるよな?そうなると食べ物?いやいや、何か無意味に高級なもん食ってるし)
 一度夕食に誘われたときにあまりのうれしさに倒れ込んだ頼知だが、そのとき連れて行かれた日本料理の店のメニューにあった零の数を、頼知は一生忘れない。
 あんなもんはじめて見た。
 そんな頼知が、あんな彼に食べ物を奢ってあげるなんて事はできるだろうか。いや、できない。できるわけがない!
(でもなぁ、何かお土産買っていくって言っちゃったしなぁ……何がほしいか訊けばよかった……)
 訊いてもおそらく彼の答はなかっただろうが。
 さらにいえば、彼の事だから頼知のそんな言葉はもう忘れていそうだ。
 おそろしく頭がいい彼は、余計なものやどうでもいいものはすぐに脳から排除してしまう。
(しかしそうなると、俺が余計でどうでもいいっつー事に……いやいやそんな事はない!ああ、って言ってたし!)
 ぶんぶんとひとり首を振り(ちょうど通りかかった一般市民がびくっとしていた)、頼知はため息を吐いた。そもそもコンビニで彼への土産を買おうというのが間違いだ。彼の好きそうなもの(想像はできないが)
 ……何となくかるい気持ちで言った事に、こんなに縛られる事になるとは。
(むずかしいなぁ狐さん)
 たぶん好きだからこんなに悩むんだろうな。
 結論は頼知をひどく納得させて、彼はひとりでうんうんとうなずいた。
(あきらめるか……いやでも、買っていくって言っちゃったからな……男に二言はねぇ!……うーん、木の実さんとかなら土産とかすぐ買えるのかな……あのひとには絶対かなわねぇや……)
 でもがんばる。
 そう決意した、そのとき──軽快な音楽を奏でて、頼知の携帯電話が鳴った。うわ、と驚いて、ずっと持っていた雑誌をあわてて棚にもどしながら電話を取り出す。
 狐さんだ!
 番号を見て瞬時に悟った頼知は光の速さで通話を受けた。コンビニの監視カメラに映らないほどのはやさだ。
「はいもしもし奇野頼知ですこんにちは狐さん!」
『ああ、うるさいぞ頼知。もうちょっとちいさな声で話せ』
 店内に響くぐらいの大声を受けた通話の相手は、うんざりしたような声を出してみせたが、頼知は耳に響く彼の声に沈みかけていた気分が一気に上昇した。
 頼知を悩ませる彼は、だからこそ頼知を簡単に浮上させる。
『いまどこだ?用事ができた。つきあえ』
「え、い、いますぐですか──すみません狐さん、いますぐ行きたいんですけど俺、狐さんへのお土産がまだ……」
『土産?』
 ぼそぼそとした頼知の言葉に、いぶかしげな答。けれどすぐに、ああ、という理解した声──その後は、いつもの低い、笑い声だった。
『そんなもんに悩んでたのか。あんなの社交辞令のようなものだろう』
「俺はいつでも真剣ですよ!とくに狐さんに対しては!」
 ぐっ、と拳を握りしめて言うと、また笑う声、それから──きれいな澄んだ、彼の声が耳を打った。
『じゃあ五分以内に帰ってこい。それが土産でいい』
 ぷつん。
 返事をする前に、通話は切れた。
 奇野頼知は思わず、携帯電話を握りしめたまましばらく硬直し、立ち尽くして──


























(………すげぇメロメロです………)
 耳朶を打った声と言葉を思い返して思わず赤面しながら──頼知は走り出した。
 ここまで来るのに十五分かかったけれど、
 彼のためならば十分ぐらい、余裕で短縮してやる。
 ほら、やっぱり何か、(ちょっとだけでも)愛されてるみたいだし!










ぼくが恋したアナタ




きれいな声に導かれて、きれいなだいすきなあなたのもとへ!






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