2006.1.14/「おわかれ」
|
ああ、死ぬんだ。
案外、死っていうのはあっさりとやってくるなぁ。
奇野頼知は《呪い名》らしくない事を考え、ひとり、笑った。
しかし笑えなかった。
死にたくないと思ったからだ。同時に苦痛がものすごくて、顔の筋肉を動かせる状態ではなかった。
るれろは大丈夫かな。
頼知は思った。暴走した《橙なる種》は、最初に頼知の腹に大穴を開けた。それから倒れたので、いっしょにいた彼女がどうなったのかはわからない。
無事だといい。
彼女はきっと、彼≠フために在れる人間だから───
頼知はそこまで考えて、視界が暗くなった事に気がついた。
落ちかけていたまぶたを上げる。
狐の面に、白い着物。
人類最悪の遊び人、西東天。
彼は頼知の傍らに立っていた。
その事実がとてもうれしくて、今度は笑う事ができた。
ひどくぎこちなくて、情けない笑みだったと思う。
「頼知」
彼が名前を呼んだ。
返事をしようとしたけれど、その前に彼が言葉を続けていた。
「何かしてほしい事はあるか」
彼らしくない、やさしい言葉。
答えたかった。
そのゆるしに縋りついて、伝えたい事があった。
けれど声がうまく、出てこない。
そのもどかしさがたまらなく嫌で、頼知は必死に言葉を搾り出した。
ようやっと声が出たとき、ほんとうに安堵した。
「き、つね、さん」
「ああ」
「なま、えを、よんでも、い、です、か」
彼は笑った。
狐の面をかぶっていてもわかった。
彼は不意に、床に跪いた。
「呼べ」
頼知の傍らに膝をついているせいで、頼知のからだからこぼれていく血が、彼の肌と着物を汚した。
それに何かをゆるされたような気がして、言う。
「………たかしさん」
「ああ」
「おれ、あなたにであえて、よかった」
ありきたりな言葉。
ありきたりな別れのシーン。
そんなものでいいのだと思った。
頼知がそのまま、にへら、と力が抜けたように笑った。
彼の手が頼知の黒髪に触れて、さらりと撫でる。
頭を撫でられるなんてはじめてだ。
頼知は笑みをふかくした。
「ご苦労だった」
彼のささやき。
「お前は最高の手足だったよ」
頼知は手を伸ばした。
伸ばす、といっても、それは力なく、床から浮いただけだったけれど──その手は、彼の手につかまれた。
つめたい手。
この手を取った事を、後悔はしていない。
むしろ誇りに思っている。
だから言った。
「さよなら」
西東天は手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
そこではじめて狐面を取る。
彼はしばらく奇野頼知の傍らに立っていた。
その着物の裾と手や足はところどころが血に汚れ、それは彼にしてはめずらしい──もしかしたら、十年ぶりの事かもしれなかった。
「……………」
彼は仮面に覆われていない顔を、まばたきもせずに部下の死体へまっすぐに向けていた。
それは数秒──数十秒──長くても、数分の事。
彼はゆっくりと踵を返した。
まっすぐに進む。背筋を伸ばし、何の迷いも、感情の揺れもなく。
歩き出した彼は、さよならも紡がず、振り向く事もしなかった。
うつくしいラストシーン
ばいばい、さよなら。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||