2006.2.1/「同志よ、ともに聖書の一節に愛をささやきましょうか」






「神を信じているかい?」














 おおまじめな顔で言った言葉は、はたして零崎双識に対する質問だったのか、それとも兎木吊垓輔の信条なのか、それを判断する事はできなかった。
 町中の、ちいさな教会。
 神を賛美し畏敬する祭壇と十字架を見ながら、いくつも並ぶ長椅子の真ん中辺りにふたりは並んで座っていた。並んで、といっても、通路を挟んで、だが。
 返事をしない──どんな返事をしろというのだ?──双識に笑うように、兎木吊は言葉を紡ぐ。
「きみは神をどう思う?」
「教会で話すのにふさわしい話題をどうも」
「いやいや、年長者の心遣いだよ。で、どうなんだい?」
 まだ夜明けにちかい早朝の、つめたい空気。
 それに紛れるような兎木吊の声は教会によく響いた。双識はどうでもいいというふうに天井を見上げる。芸術的な装飾が施されているステンドグラスから朝日が差し込んでもいい頃なのだろうが、今日は曇り空なのだろうか。ひかりはない。
「聞かなくてもわかるでしょう」
「聞きたいね」
「信じていませんよ」
「神父様に怒られるね」
 楽しそうに笑う兎木吊を見もせずに問い返す。目線は壁に飾られた巨大な十字架。磔にされた聖人はどこにもいない。
「あなたはどうですか」
「俺?」
 いつもこのパターンだな、とふと思う。
 兎吊木が双識に問いを発し、答えた双識は兎吊木にその問いを投げ返す。
 まるで誘導尋問のようだ。
「信じているさ」
 ───意外な言葉だ。
 双識はさすがに驚きを隠せず、兎吊木を凝視してしまった。その視線に、彼はおもしろそうに笑う。何かを企むような微笑だが、実際には企んでなどいないだろう──思考しているだけだ。
 自らの思想を思考する、兎吊木垓輔はそういう男だった。
「そうだね、正確にいえば神を信じてはいないが、俺は神に出会った。だからこれは信じるというよりも──確信。神を確信している」
「……彼女≠フ事ですか?」
「言うまでもなく」
 肯定の笑顔に、双識は疲れたように唇から息を落とし、次いで肩も落とした。
「俺は無神論者だけれど、彼女≠フ存在を知り、出会ったとき──ああ、これが神なのか、と思ったよ。ただそれだけの事だ」
「兎吊木さんも神父様に怒られますね。確実に」
「きみといっしょならそれもいいね」
 なかなか想像したくない光景だ、と双識は目をそらす。そらした先は、ふたたび十字架。
 ひとりごとのようなものだと思いながら、双識は口を開く。
「………神父を殺すのは、三度目だったんですが」
「へぇ」
「皆反応はおなじなんだと思いました」
 まるでそれが決められた事のように。
「どんなふうなんだい?」
「神に祈るんです」
 双識はそう言って、笑った。
 十字架を完全に消して、兎吊木を見据える。兎吊木も双識を見ていた。
「最期の言葉は、皆、神でした」
「そうか」
 ふたりとも笑っていた。
「信じるものがあるというのは、しあわせな事だと俺は思うよ」
「私もそれには賛成します」
「人間はそう簡単に、信頼というものができないようになっている」
「説教ですか?」
「いいや。ひとりごとさ」
 先に立ち上がったのは双識だった。
「喉がかわきました」
「ファミレスにでも入ろうか?」
「いえ──家に帰りますよ。人識と舞織ちゃんが、そろそろ起きる頃だから」
「俺も遊びに行っちゃ駄目かな。朝飯をご馳走になりたい」
「勝手にどうぞ」
 双識が背を向けて歩き出しても、しばらく兎吊木は椅子に座っていた。信心深い信徒のように、十字架を見つめ、黙する───
 やがて立ち上がり、双識の後をゆっくりと追った。
「きみは何を信じている?」
 扉を開けようとした双識は、兎吊木のちいさな問いかけに振り向いた。
 ゆっくりとおおきな扉を押し開きながら、口元を捻じ曲げる。
「あなた以外のすべてを」














 ほんとうですよと、双識は笑った。










愚者に祈る神




…またの名前を人間といいます。






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