殺人者の理論
夜神月がその日、Lという探偵にキスをしたのには理由がある。
まず第一に、夜神月が第二のキラ出現の後捜査本部に協力する事になり、しかしいまだにLとは腹の探り合いが続いていたからというもの。よって夜神月が捜査本部にいるあいだ気を抜く事はできなかったし、Lもまたそうであった(と、夜神月は考えている)。
第二に、そのせいだろうか、Lの気の抜けた姿というものを、夜神月は見た事がない。
たしかにLはあまいものを好み、それを食しまた飲んでいるときは隙があるように見えるが、実際彼は何かを食べているとき・人間と話しているとき・ひとりでぼんやりしているように天井を見つめているとき・パソコンをしているとき、そのどれも彼には触れる事さえできないだろう。彼は常に神経を張り詰め、緊張を高めている。殺人者と疑っている人間を捜査本部に入れているのだ、当然だろう。
しかし、その日夜神月は、はじめてLの姿≠見た。
キラについての資料を読み耽り、そしてふと気がつくと夜半も遅く、何か夜食でもとその部屋に入った夜神月が見たものは、Lの眠っている姿だった。
それが第二の理由。
驚き、わずかに戸惑い、そして慎重に夜神月はLの眠るソファに歩み寄った──以前、ここの捜査員のひとりである男が、Lの眠っている姿を見た事があるとぽつりとこぼした事があるが、夜神月ははじめてだった。それが彼をおかしくさせたのだ。それはもしかしたら第三の理由でもあるかもしれない。
とにかく、夜神月がソファのそばに歩み寄ったとき、Lは眠り続けていた。
いつものおおきな黒い瞳を伏せて、耳を澄まさないと聞こえぬほどちいさな寝息を立てる、そのしずかな寝姿。
ためしに顔を近づけて、息をしているのかたしかめた。息はしていたが、Lは目を覚まさなかった。白い肌が電灯のひかりに照らされて青白く見える。呼吸によって動く喉元を間近で見て、息が触れるほど近づいた距離。
その目が開かなかった。
それが、第四の理由。
触れた唇のやわらかな感触。
温かい吐息。
つめたい肌。
そのすべてをただ夜神月は自らのなかに封じ込めた。
そして、第五の理由を殺人者は知らない。
2005.9.28執筆/2005.8.6再掲載