うたうかみさま

「………勝手に私をあなたの夢に出さないでください」
 抗議から、その夜の夢ははじまった。
「夢のなかでもお前はうるさいんだな」
「それを言うなら死んでも、だと思いますよ月くん。……いや」
 周囲の風景など夢のなかではたいして重要ではない。ただ目の前に彼が立ち、夜神月は彼の目の前に立っていた。そうして彼の存在を目の前にしている、それだけがこの夢のなかで月が重要だと感じるただひとつの真実。
「キラ」
 ───生存していたときと、おなじ声、おなじ姿、おなじ微笑で。
 そう呼んでくる、いまはもう亡き天才に、月は笑った。
 ……それがどこか力のないものだったとは、あたまの隅に追いやって。
「そうだな。お前は死んだんだ」
「あなたが殺した」
「僕の手ではないけれどね」
「あなたが殺したんですよ、月くん」
「繰り返すな。いらいらする」
 もう猫をかぶる必要はない。感情のままに言葉を口にして、けれどそれでも胸のなかに燻る想いが消えない。その痛みに月は唇を噛んだ。
 ───この男が死んでから、ずっとそうだ。
 どす黒いものが消えない。
 性質の悪い毒のように侵食していく。……このからだを。
「死んで、あなたの夢で、はじめてあなた自身を見ている。皮肉ですね。私はあなたをキラだと証明して、正義を示したかった。そしてあなたを処刑台に送りたかった。生きていればそれができるのに、私にはもうできない。皮肉すぎる」
「僕の勝ちだったって事だ」
「それではなぜ、そのような浮かない顔を?」
 問答無用で核心をつく、その姿は苛立ちを煽らず、むしろ受け入れやすい。本音を隠し続ける現実世界で、彼だけがまっすぐに告げてくる。
 ……それが彼の死後、夢のなかでという、
(皮肉だ)
 月はく、とひくく笑い、そしてわずかにかぶりを振った。声を上げて笑って。
「はは……そうだな、そう見える?」
「ええ」
「お前がいないからだよ」
 そうして、するり、と。
 こぼれた、自分自身気づいていなかった本音に、月は言葉にしてから目を見開いた。
 けれどLは、ただしずかに笑うだけだ。
 それはとてもおだやかな笑顔で、
「───キラ」
 しずかな声。
 Lの声はしずかだ。
 たとえ激情や衝動に駆られた、そんな感情にまみれた声でも、彼の声はしずかに澄んでいてうつくしい。
「私はあなたを地獄で待っている。遅かれ早かれ、あなたはいつか死ぬのだから」
「L」
「そのときまで、待っていてあげましょう。あなたが私のもとに来たとき──」
 そのときに、どうするかとまで、Lは言わなかった。
 ただ、幸福そうに、とてもきれいに笑って、Lは手を伸ばした。そのぴんと伸ばされた指先を反射的につかもうとして、しかし月の指先は宙を舞うだけ。
(触れられない、)
 当然だ。
(これは夢)
 彼は死んだ。
「────L!」











 名前を呼んだ、その瞬間。
「キラ」
 本当の名前さえ知らない男は、消えていく直前にそう告げた。
「あなたがいとおしかった」

























 ────本当はずっと。
 その言葉を最期に彼が消えた瞬間、月は目を覚ました。
(………夢)
 夢を、見ていた。
 どんな夢だったのか、もう憶えていない。
 とてもやさしくていとおしい夢。
(夢だ)
 吸い込んだ酸素のまずさに、吐き気を憶えながら夢だ、と月はひとり、唱えた。











 それはとてもうつくしい、
 かなしいうたのような。






                       2005.9.29執筆/2005.10.10掲載
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