朝が私を殺す
私は思い浮かべる……
「目を開け」
命令の声が届いたので、私はその通りにした。
けれど周囲にひとの気配はない。私はいつもの幻聴だと悟って、ちいさな吐息をこぼした。誰も聞く事のないそれの虚しさは、いっそ愛しい。
(………朝が私を殺す)
むかし、そんな一節が記された本を読んだ。タイトルも何も憶えていないが、なかなか興味深い話だったと記憶がだんだんとよみがえる。
朝が私を殺す。何と的確な表現だろうか。
「恋をした事がある?」
ふと、また届いた幻聴。
「……ありません」
つぶやいた返事に、笑い声が返ってくる。
「たしかにね。恋愛とは無縁、っていう感じだもん。竜崎って」
「ならばなぜそのような事を訊くのです?」
問うてみた疑念に、笑いを含んだ声が思想を告げる。この幻聴の主は、現実世界でもよく笑っている──幻の割に、なかなかリアルだ。
「お前も人間なのか知りたくてね」
とても、生きているようには見えないよ、と。
その子供じみた理由に、私は意図して嘲笑を浮かべてみせた。幻が眉をひそめる。
「───あなたこそ」
人間なんですか、
「………さぁね」
きっと、もう違うよ。
解答に満足した私は幻に手を伸ばした。
「あなたは」
かわいそうなこどもだ。
「………君もね」
触れる直前に幻の彼は、目を細めてそうささやくと消えた。
そして私は思い浮かべる。
「……朝に殺すのは」
あなたの死顔がよく見える朝に、あなたに会いたい。
2005.10.08執筆/2005.10.10掲載