血にまみれた敗北の果て



 何度も歩んだそのオフィスへ向かう足はいつもとおなじだったが、レノはポケットに手を入れてうつむきながら、その足を他人事のように見つめていた。
 ───迷う事なく歩いている。
(………でも、そろそろ限界なんだぞ、と)
 手に入れたと思って、抱きしめて、腕のなかで微笑を浮かべる姿を幾度も見た。
 それでもかわいている。
 ────まだ求めている。

















「───ああ、レノか」
 ノックもせずにオフィスに入ると、とくに驚いた様子もなくルーファウスは振り向いた。
 ちょうど電話を切ったときらしく、受話器をデスクのうえにもどして微笑する。
「どうした?まだ帰ってなかったのか」
「ちょっと野暮用でな、と」
 ふーん、と曖昧な答に気のない返事をして、ルーファウスはレノが扉の前に立ったまま動かないのをいぶかしげに見やった。レノは扉を後ろ手に閉ざしたまま、動かない。
「……俺に何か用があったんじゃないのか?」
 野暮は不要だけどな、と笑うルーファウスに、レノはちいさく笑い返してみせた。けれどそれを見たルーファウスがかすかに目を細めるのを見て取って、内心で失敗したと思う。
 ───この、社長にふさわしくない年齢でその地位に就いた青年は、しかしおそろしくあたまがいい。
 他人の観察力、洞察力に優れている。……肝心なところで抜けているところもあるけれど。
「レノ」
 思った通り、彼はあっさりと見抜いて、ただ問うた。
「───言え」
「何を、」
「お前最近、俺を避けてるだろう」
 億劫そうに前髪をかき上げながら、デスクに体重をあずけるさまを見つめ返す。青い瞳が油断なくレノを射抜くのを、もう逃げられないなぁ、と内心でつぶやいて受け止めた。
「避けてはないぞ、と」
 答えると、ルーファウスは笑った。
 その微笑は凄絶なほどうつくしく、思わず息を呑んでしまうようなものだ。
「たしかに、避けてはいないな。不自然じゃないくらいに、俺はお前と会っているし……」
 淡々とした言葉は、感情が見えないせいか余計にひびく。
「───でもここ数日、お前、俺に触れてないな」
「…………」
 見事に要点を突いたルーファウスに、いっそ拍手でもおくりたくなる。
 レノは唇に笑みを刻んで、沈黙をまもった。
「何があった?……一度抱いて飽きたか?」
「まさか!そんな事はないぞ、……と」
「ふーん。じゃ、理由を言え」
 簡単すぎる誘導尋問にひっかかったと、ルーファウスのにっこりとした笑顔を見て悟る──タークス失格だな、と思いながら、レノは口をつぐんだ。
「レノ」
 うながすようにただしずかに名前を呼ばれて、それでも部屋に静寂が満ちるていると、ルーファウスのちいさなため息がこぼれ落ちた。
 そしてルーファウスがデスクから離れて、レノに向かって一歩踏み出したところで、はっとして顔を上げる。
「───駄目だ、社長」
 しずかだが張りつめた声に、ルーファウスの足が止まる。
「……なぜ?」
「俺に、ちかづかないでくれよ、と……」
 こぼれた声と、浮かべた笑みが力ないのを自覚しているからこそ情けなくて、わずかに目線をしたに下ろす。
 うつむいた先で、何かが崩れていく音が聞こえた。
「俺、自分で思ってたより、あんたの事好きみたいだ」
 ゆるやかに顔を上げた先で、ルーファウスは何の表情も浮かべずにただレノを見て言葉をまっている。それはどんな言葉よりも、簡単にレノの唇を動かせた。
 そのつよい瞳は、どんなものよりも。
「あんたを──手に入れられたと思った。キスしてセックスして、あんたの誰も知らないような顔見て、俺のものなんだって」
 一度目を伏せて、合わせた目線の先にいるルーファウスに、レノはもう笑う事もできずに告げた。
「でも、それでも、あんたの事好きすぎて俺は」
 ───かわききった心が、まだ、叫んでいる、





「……俺はあんたを、壊すかもしれない」





 ───おかしいとわかっている。
 それでも、はじめて抱く愛情のおおきさに、押し潰されそうなくらいで、
「だから、最近、触れなかったんだぞ……と」
 そう何とか笑みを浮かべるが、ルーファウスはしばらく何も言わなかった。ただ黙って、まるでその言葉を吟味しているかのようにレノを見ている。
 何だかいたたまれなくて、いっそ部屋を出てしまおうかとまで考えたとき、ようやくルーファウスは口を開いた。
「────お前、バカだな」
 そして、返答はずばっとレノの不安や焦燥を切り捨てた。
「………え?」
「あたまが悪い。お前それでもタークスか?」
 裏の裏まで読めないのか、とあきれたようにため息混じりに言って、ルーファウスはゆっくりと足を踏み出した。レノに向かって一歩一歩歩み寄ってくるルーファウスを制止する事もできずに、レノはただ茫然と彼の一挙一動を見ていた。
 ───裏の裏?
「………って、おい、社長!?」
 目前に迫った秀麗な顔に驚いて顔を上げたレノに、ルーファウスが黙ってろとささやいたと同時に唇が触れた。
「ん」
 言葉が吸い込まれて、やわらかな唇が誘う。
 すぐに離れたそれに、けれどレノは信じられない心地で吐息が触れ合うほどちかくにいるルーファウスを見た。
「……あんた、ひとの話聞いてた?」
「聞いてた。そのうえでこんな事をやっているんだ。案外にぶいな、お前」
「社長、」
「レノ」
 ルーファウスの手が、レノの頬に触れる。
 そのなつかしいとさえ思える体温と次の言葉に、レノは目を見開いた。






「───俺がお前に壊されるほど柔とでも?」






「──────」
 息を、止めた。
 そして微笑を浮かべる姿に、レノは数秒かかってようやく呼吸を再開して、声がふるえないようにつとめながらささやいた。
「……どうなっても、知らないぞ、と」
 俺は忠告したんだからな。
 言い訳がましい言葉に、ルーファウスのもう一方の手がレノが背中をあずける扉に伸ばされた。がちゃ、と鍵のかかる音とともに、体温が引き寄せられる。
「上等だ」
 レノは腕をルーファウスの背にまわして、その青い目が細められるのを、世界でいちばん近しい場所で、見た───















「───来い」









2005.10.10 FINAL FANTASY Z レノ×ルーファウス
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