音なんか立っていないのに、それでもはらはらと、そんなうつくしい音が似合う涙だった。
ルーファウスが泣いているのを見たのはそれがはじめてで、レノは戸惑うとか驚くよりもまず何より先に感動した──まさか生きているうちに、このいつも傲慢に笑う上司の涙が見れるとは、思ってもみなかったのだ。
「………ルーファウス様、と」
普段はあまり呼ばない名前で呼びかけて、こぼれる涙を拭おうとでもするようにうつむいてごしごしと目を擦る彼に歩み寄る。そっと近づいたルーファウスに手を伸ばし、一瞬躊躇った後、そっと肩に触れてやさしく抱き寄せた。
「……擦ると目、赤くなるぞ、と」
そう言って、後頭部に手をやって顔を胸元に押しつけてやる。シャツは買ったばかりだったが、かまわなかった。
「見ないでおいてあげるからさ、……ちゃんとこの後のお出かけは、副社長の顔で行くんだぞ?……と」
わかってる、とでもいうように、ルーファウスの両腕がレノの脇腹を殴った。力なかったので痛くはなかったが、思わず苦笑してしまう。
───おそらく、この強情でわがままな青年には、誰にも見られたくなかっただろう涙。
ノックもせずに扉を開けたレノのせいだが、まるで極上のたからものを見つけた気分なのは、……さすがに趣味が悪いか。
ひく、とからだをふるわせているのは、嗚咽を堪えているせいだろう──目を閉じて耳を塞いで、存在を消すのが──この部屋から出て行き、あとで会うときにまた何事もないように挨拶をするのが、この青年のいちばん望む事なのだろうけれど。
───やさしく抱きしめてやりたい、と、柄にもなく思ってしまったのだからしょうがない。
「ほら、ルーファウス様」
おとなしく泣けって、と、年若い上司にささやく。
声もなく、彼は腕のなかでかすかに首を振った。
それに苦笑する。
「じゃ、俺が教えてやるからさ、と」
つよく抱きしめて、髪を撫でてやる。そして、やさしくささやいてやる。
「こうやって、抱きしめられて泣くと、ちょっとは癒されたりしない?」
そんな、当然の事を。
きっと生まれたときから神羅という世界にいた彼には、誰も教えてやらなかっただろうから。
「誰も知らないとこで、ひとり泣くのもかっこいいけどさ……抱きしめてくれる人間がちゃんといるんだから、そういうときはあまえとくのが賢い人間ってもんだぞ、と」
「………おかしな事、言う、奴」
途切れ途切れに、胸に顔を埋めているせいでくぐもっている声だったけれど、ようやく聞こえたルーファウスの声にレノは内心胸を撫で下ろした。
かすれた、とてもちいさな声でも、たしかにルーファウスのものだ。
「うん……俺、副社長の事愛しちゃってるから」
「ば、か」
ぎゅ、とシャツを握りしめられて、笑う。
「ん、バカだぞ、と」
だからひとりで泣くなよー、と笑いながら言った言葉に、腕のなかで彼もかすかに笑った。
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