ただ笑ってくれるだけでいい。
名残惜しむようにルーファウスは手を伸ばして、指先は悪戯のようにレノの首の後ろを撫でた。それは、それだけで充分なほど煽られる仕草だった。
名前は呼ばれなかった。それにレノは意味もなく安堵する。いま名前を呼ばれたらどうなるか、レノ自身わからなかった。
(───だから、)
だから。……というわけでもない。レノもルーファウスの名前を呼んだりはしなかった。
理由はおなじだった。
ルーファウスのきれいな指先が、下に伝い落ち、スーツ越しに背中に触れた。彼は冷え性というわけではないが、レノよりは体温が低い。そのつめたさが心地よくて、からだの力を抜くように、レノはゆっくりとおおきく息を吐いた。
ルーファウスが腕のなかで笑った気配。
「………何笑ってるんだ、ぞ、と?」
「さぁ?」
自分で考えろそれくらい。体温よりはあたたかい、笑いを含んだ声で言われて、レノはわざとらしく考えてうなるふりをした。シーツと、自身のからだでルーファウスの細いからだをはさむようにしながら、誘われるように白い首筋に顔を埋めた。唇を寄せようとすると、こら、と容赦なく赤髪がはたかれる。
「いて」
「痕はつけるなって何度言えばわかるんだバカ」
「そう言われるとつけたくなるんだぞ、と」
───他でもない、独占欲ゆえに、
「…………わかった、俺が社長を辞する日になゆるそう」
「何だよそれ、いつの話ー?」
「死ぬまでかな」
さらり、と言われた言葉に、思わず勢いよく顔を上げた。
見下ろしたルーファウスの青い瞳は、確信犯かそれとも天然なのかわからないが──おそらく前者──笑っている。
「……そうですか、と」
「そうだ」
「あんたって可愛いよな」
「喜べない褒め言葉を言うな」
「じゃあかっこいい」
「本気で思ってるか?」
「美人とは」
叩いた軽口に、ルーファウスはわずかに声を上げて笑った。
その指先が、縋るようにレノのスーツを握る。皺になってるな、と思いつつ、もう遅いとも思った。
こんな些細な事はどうでもいいが、ツォンに怒られるかもしれない。けれどそれさえもどうでもよかった。
───彼以外。
彼に触れる事以外。
彼の声を聞く事以外。
彼を守る事以外。
どうでもいい、と、愚かしい事を考える。
「………時間、」
「まだ」
ちいさな嘘に、ルーファウスは微笑しただけだった。
あらゆるものを知りながらすべてゆるしているような、同時に断罪するような、そんなうつくしい微笑。
「───ときどき思うよ、」
その微笑から逃げるように、あるいは縋るように、ルーファウスの肩に顔を埋めた。
体温を感じながら声を聞く。
「私もお前も、神羅に属する人間でなければよかったと」
「……奇遇。俺も思ってたぞ、と」
そうか、とルーファウスは言った。
「けれどその度に確信する」
────私たちには、これしかないと。
たとえ何度時間をもどしても、何度やりなおしても、きっとふたりの道はこうして交わるしかなかっただろう。
手を取り合う理由も何もかも、ただひとつだけ。
「だから」
たったひとりの王の言葉に耳を傾ける。
「行ってこい。私のために」
最後、とばかりに、ルーファウスの腕がレノを抱きしめる。
このあたたかい腕を愛していた。
「………そして帰ってこい」
答のかわりに、誓いを口にする。
名前を呼ばれた彼へのいとおしさにあふれて、最後にちいさく笑った。
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