なくしたくないと思った。
そんな事ははじめてだった。
「レノ」
バカみたいにひどく怖がっていた。
つぶやいて呼んだ名前が空虚に響く。
ああ、ほんとうにバカだな、と思った。
ルーファウスは椅子からゆっくりと立ち上がる。まっすぐに背筋を伸ばし、いつものように神羅の王は佇む。
ただその表情は、普段彼が浮かべない類の、物憂げなもので──しかしそれは、欠片しか浮かばせなかった。
よく知る者が見なければ、きっとわかりはしなかっただろう、それぐらい微細な変化。
「………バカはお前だ」
毒づいた言葉は苛立ちが込められていたけれど、見下ろす先の男が目を覚ましていたら、きっと──きっと、八つ当たりだと喚いただろう。
───けれど彼は怪我を負って、いまは目が覚めないから。
───いま彼は、ルーファウスと話す事も、触れ合う事もできないから。
ルーファウスに連絡が入ったとき、レノが仕事中に負った怪我はすでに治療されていて、あとは目覚めるのをまつだけの状態だった。
何の心配もない、と電話越しに部下のひとりは言っていたし、実際そうだった。倒れる際に受け身を忘れて、あたまを打って気絶しただけだというから──
……ああ、やっぱりバカだ、とルーファウスは思い返して、思う。
ベッドのうえで暢気な顔をして眠るレノの顔を、はたいてやりたくなった。
気持ちよさそうにすやすや寝やがって。
俺がわざわざ見舞いに来てやったのに。
「……バカだな」
つぶやいたきり、ルーファウスはふたたび黙して──何もせずにただ、レノを見下ろした。
タークスといっても、その地位は一般社員や神羅兵よりは上だが、結局神羅の部下だ。神羅にこき使われ、やすみもそんなに取れないだろう。ましてや直属の上司があの無能となると、……同情するしかなくなる。
だが同情でおわらせるわけがない。
「部下の使い方ならば、私の方がうまい事を教えてやる」
ひとり決意をつぶやいて、ルーファウスは微笑をこぼした。
手を伸ばし、レノの額に触れ、赤い髪をさら、と撫でる。
───有能な、たしかに有能な部下を、守る事もしない無能な幹部は──レノたちだって、御免だろう。
ルーファウスはレノから手を離し、そのまま踵を返した。
迷う事なく歩き出し、病室を出て行く。
───私はこうして倒れた後の姿しか見る事ができない。
病院の廊下を歩きながら、思考する。
彼らの戦う場所は、ルーファウスの戦う場所ではない。
だが彼らはルーファウスを守るために戦っている──
それならば。
「私も戦おう」
まっすぐに前を見据えて、決意した。
「お前らを守るのも、俺の仕事だ」
───まぁ、あの赤い奴に関しては、私情も入っているが。
触れたぬくもりが残る手で守ってみせよう。
手離してなどやらない。
私のものなのだから、私が戦い、守り通してみせる。
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