黒を捨てた天使



 心からの感謝というものを、いまこの瞬間より前、ずっとこの親にしていなかったルーファウスは、我ながら親不孝だなと微笑をもらした──
 ひとりでこんなふうに物思いに耽るなんて、父親が死んでからずっとなかった事だ。誰もいない部屋で、あとは埋葬するだけとなった死体を前に思う。この死体が生まれてからいろいろな事が一気に押し寄せて、社員や市民の前では傲慢に笑ってみせていたけれど、それでもやはりすこし疲れた。いままでとはあきらかに責任が重くなり、力が必要になる。
 ───しかし休息している時間はない。
 ルーファウスはこれから、神羅を、つまり世界を担い、社長として星を支配する。
 やりたいとか、やりたくないとかそういう問題ではなくて、あらかじめ決められていた事。たからものだとは言わないけれど、たいせつと思えるこの重責。思ったよりもその時期がはやく訪れたというだけで、逃げる事はできない。
 ……それでも幼い頃はときどき逃げ出したくなって、たくさんの人間の手を煩わせていたな、と思い出してちいさく笑った。
 副社長に就任して、一度だけ責任と職務から逃げ出して以来、そんな事はしていないけれど。
(いつもあいつが迎えに来たな)
 ふと思い返すと、未来から、重責から逃げ出したくて、けれど走っても走っても神羅以外に居場所がないのだと立ち止まる度に、迎えに来たのは黒髪と黒目の、いつもおなじ制服を着た男だった。
 タークス、という職の意味さえ知らない頃から、何度も何度も彼は迎えに来て、ルーファウスの話を根気よく聞いて、いつもやさしくあたまを撫でて手を握ってくれた。ルーファウスの歩調に合わせて、ゆっくりとやさしい、あまいとさえ思える(その意味が決してあまくなくても)言葉を投げかけてくれた男に、ルーファウスはやがて心をゆるした。
 そうしていつしか、まつようになった。彼が迎えに来るのを、ただ。







『私があなたをお守りします』
『あなたがゆるすかぎり、ずっとそばにいます』
『大丈夫です。あなたの選ぶ道を、私は歩みますから──』







「だから、あなたは前だけを見て歩きなさい、……か」
 やはり、あまくない言葉だ。
 それでも、何度も繰り返されたセリフに救われて、癒されて、慈しまれた。手を握る体温、それだけで。
「死人は忘れるからな、親父」
 ルーファウスにしてはめずらしく、黒──喪服なのだから当然だけれど──に身を包みながら、それとは正反対の色である白い指先を伸ばした。
 触れた、物言わぬ死体。
「うらむな。継いでやるよ、──あんたの世界を」
 すぐに、新しい世界に変化する世界。
 それでも、その世界がなければ新しい世界は生まれない。
「ツォン」
 しずかに名前を呼んで振り向くと、音もなく黒いスーツに身を包んだ男がルーファウスに歩み寄ってきた。
「はい」
「行くぞ」
「はい」
 迷う事なく返される答に、男にばれないように笑って、振り向いた。
 笑顔が意外だったのか、わずかに目を見張る男に手をさしのべる。
「最初の社長命令だ」
 ────新しい世界、
「手、繋げ」














 この道を、お前とともに歩む。









2005.10.8 FINAL FANTASY Z ツォン×ルーファウス
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