愛に満ちた世界



 そんな些細な事で気がついた、その名前。













「う、わ……!」
 驚きと焦りの声と物音に、本人よりも驚き焦ったのは周囲の人間だったろう。
「ルーファウス様!」
 神羅ビルのある階段、その中段辺りで足を踏み外し、転げ落ちそうになった彼をすぐさま駆け寄って抱き止められたのは奇跡にちかい──ルーファウスの肩と腰に手をまわして、抱きしめるようなかたちで落下を阻止したツォンは、内心で安堵の息をふかく吐いた。
「───お怪我は」
 ルーファウスは耳元にささやかれた声に、反射的に閉じていた瞳をゆっくりと開けた。まだ階段の途中で立っている事に気がつき、それがツォンのおかげだと悟って顔を上げる。
「ああ、……大丈夫だ」
 すまない、と言って離れようとしたのだが、ぐいと少々乱暴に腕をつかまれて背を向ける事を阻まれる。その仕草に眉をしかめてツォンをにらみつけ、抗議を口にしようと唇を開いたそのとき───
「失礼します」
 ぴと、とつめたい手が額に触れた。
 それがツォンの手だと感じるよりも前に、目の前でツォンの黒い瞳がす、と細められる。そのさまをぼんやりしたあたまで見ていると、ふかぶかとしたため息が聞こえた。
「……医務室へ」
「は?何だ、私はべつに何とも」
 お前が守ってくれたし。
「熱がおありです。スケジュール調整の方は私から秘書の方に言っておきますので、はやく医務室でおやすみになってください。ひどいようなら主治医を呼びますので」
 てきぱきとそんな事を言うツォンに、ルーファウスは階段の真ん中で呆気に取られて驚いていたのだった。














「………38度?」
 医務室に連れて行かれ、医者に手渡された体温計でベッドに入りながらしぶしぶ体温をはかったルーファウスは、その結果に激しく顔をしかめた。ベッドの傍らに立つ医者とツォンを見上げる。
「壊れてるんじゃないかこれ」
「壊れてるものをあなたに出すわけがないでしょう、副社長。まったく、すぐに車を出しますから、家におかえりになってください。あなたの主治医とメイドを呼んでおきます」
「はぁ?」
 女性のドクターは、副社長を目の前にして物怖じもせずはきはきとそんな事を言った──それにルーファウスは思わずまぬけに聞き返してしまう。だって、帰れだと?
「今日はこれから会議があるんだ、おい、私はべつに平気だ」
「喉が痛いですか副社長」
「………すこし」
「寒いときや暑いときが不定期に訪れます?」
「空調が壊れてるんだろ」
「からだが重くてだるかったり」
「睡眠不足だ」
「ところで、頭痛は?」
「すこし……だけだ、ぼんやりするけどそれもたいした事じゃないし」
「それじゃあツォンさん、十分ほど経ったら駐車場に副社長を連れてきてください。手続きはわたしに任せて」
「ありがとうございます、ドクター」
 ルーファウスの訴えは目の前で黙殺され、医者はツォンとにこやかに言葉を交わすと去っていった。その様子をぽかんと見送って、すぐにルーファウスは眉を吊り上げてきっとツォンをにらみつけた。
「ツォン!」
「はい」
「お前も知っているだろう、今日はたいせつな会議が──」
「それよりもあなたのおからだの方が大事ですよ、ルーファウス様」
 諭すような、しずかな年上の部下の言葉に、ルーファウスはいらいらしながらシーツをはねのけてベッドから降りようとした──が、当然のように肩をつかまれてベッドにぽすん、ともどされる。
「……離せ!」
「命令でもききません」
「このッ……!」
 頑なな様子のツォンにカッとなって手を振り上げるけれど、それもつかまれ次いでベッドのうえにからだを倒された。見上げるとツォンの向こうに天井があるなんて事は、……そういう関係なので、めずらしくはないけれど。
「ご自分の体調をちゃんと大事になさってください。鏡を見ていないんですか、……ひどい顔色です。さっきも階段から落ちそうになったでしょう?ちゃんとおやすみになってください」
「俺は……大丈夫だ」
 真剣な声音に押し潰されそうになるが、何とかそう答えるとツォンは微笑んだ。
「そうですか?……それでも私はやすんでいただきたいんです。おねがいですから」
 しばらくツォンを見定めるように見つめて、沈黙の後ルーファウスはちいさく息を吐いた。そしておなじくらいちいさな声で、言う。
「………わかった、どけ」
「はい」
 失礼いたしました、なんて言うツォンを最後ににらみつけて、ルーファウスは送れ、と告げると今度こそベッドを降りた。コートを羽織って医務室を出て行こうする──が、さきほど階段で感じたのとおなじ類の眩暈に襲われて、ふら、とからだをよろめかせた。
 そのからだを支えたのは、当然、階段のときとおなじようにツォンだった。
「……ほら」
「………うるさい」
「副社長に就任なさってから、ほとんど休んでいらっしゃらないでしょう?」
「今日の会議のためだ、まったく……」
「体調管理の勉強ができましたね」
「お前いちいちむかつくな……」
「………心配なんですよ」
 だからすこし尖った言い方になったかもしれません、すみません。
 支えられて、次いで抱きしめられたままそんな事を言われて、ルーファウスは驚いてツォンを見上げた。ツォンの浮かべた苦笑と瞳に、たしかに心配の色を読み取って、笑う。
「なら、ゆるす」
「会議は延長させますから、安心してやすんでください」
「……見舞いに来てくれるか?」
 ずっと怒ったように見えていたツォンがそうでなかった事に安堵した途端、忘れていたようにルーファウスのからだは重くなって、ツォンに完全にからだをあずけた。肩に顔を埋めてあまえたように問うてみると、ツォンがまた苦笑した気配がした。
「仕事が、おわりましたら」
「飛んで来いよ」
「命令ですか?」
 意地悪い問いに顔を上げると、ツォンはまっすぐにルーファウスを見ていた。その視線のやさしさと真摯さに、一瞬息を呑む。
「───心配なんです」
 どきり、とする。熱のこもったツォンの声に、ルーファウスは弱い。
「皆心配しています、……あなたは副社長に就任してから……焦っているようで、常に働いてらっしゃる」
「………焦ってなんか、ない」
 つぶやいた返事は、熱のせいだろうか、常よりも素直にこぼれ落ちた。
「すこし、……」








 ───ひとりで働く事に気を張りすぎて、疲れてしまっているだけ。
 ───これからずっとそうなのだと、じわじわと実感しているだけ。








「……私たちがいますから」
 頼ってください、とささやかれて、す、とルーファウスは完全にからだの力を抜いた。
「全力をもって、あなたを支えます。だから、どうかおひとりだと思わないでください。あなたを──守りますから」
「───うん」
 そうだな、とうなずく。
 弱っているのだと自覚したせいだろうか、ゆっくりと素直にツォンの言葉と感情がルーファウスに浸透していって、ルーファウスはおだやかな気持ちで目を伏せた。とてもひさしぶりに感じる、──感情。

















「………命令じゃなくても、お見舞いには参りますね」
 その言葉に笑って、
 ───そして、愛を知る。









2005.10.10 FINAL FANTASY Z ツォン×ルーファウス
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