ルーファウスは振り返った。
片目を包帯で覆った、不便というより不自然な視界で足音の主を見つける。一瞬片方の瞳だけを見開いて、すぐに細めて微笑んだ。
そうすると、男が窓辺の椅子に座るルーファウスの方へ歩み寄る事をやめて、数メートル離れたところで立ち止まってしまったので、ルーファウスは秀麗な眉をひそめた。
「……何でそこで止まるんだ」
せっかくの再会だぞ?とおどけたように言ってみせると、男は苦笑した。
ルーファウスが見る回数が多かった、こまったような、それでも決して嫌がってはいない微笑。
「あなたは……もう私の事など忘れているかと」
この男にしてはめずらしく自信のない答に、ルーファウスは今度こそ驚きに目を見開いた。ぱちくり、と青をまばたきさせて、わずかに首を傾げる。
「そんなバカな事を考えるな」
「ですが、」
「俺は、ずっとそばにいろと言ったはずだが」
わがままで、叶う事などないだろうと思いながらも口にした命令。
それを繰り返すと、男は黒い目を細めた。
「俺の命は、お前にあずけたんだ」
「ルーファウス様、」
「だいたい、そんなのこっちのセリフだと思うが?」
皮肉っぽい笑みを浮かべると、男はなぜ、というように眉をひそめた。生真面目な様子に、思わず笑ってしまう。
「……俺は何とか生き延びたけど、からだはこのざまで──神羅は滅び──世界はこんなふうになった。つまり俺は、もう社長でも何でもないんだ。何もない、ただのちっぽけな人間だ」
だから敬語も必要ないだろ、とふざけてみせるが、男は真剣な面差しで聞いていた。だから、しずかに続けた。
「そんな俺を、お前は──生きててもお前は──忘れて、新しい人間として暮らすんだと思っていた。そもそも、世間には俺が死んだという話の方がひろまっているみたいだしな……」
「───私は」
遮るような、真摯な鋭い声がルーファウスの言葉を止めた。ふ、といつのまにか下がっていた目線を上げて、男は目線を合わせる。
「私は、信じていました」
男はいつもルーファウスと会っていたときとおなじスーツを身につけて、背筋を伸ばしてまっすぐに立っていた。
あまりにも以前と変わらない光景に──場所は違うが──ルーファウスは目を細める。
「……あなたが死んだなどという噂は、療養中、耳に入りました。ですが私は信じなかった。この目で見るまで、そんな噂は──信じたくなかった」
………だから信じていたんです、
信じたかっただけかもしれない、それでも、
「あなたが生きていると」
いままでもらったどんな言葉よりも心に響くそれに、ルーファウスは聞き入っていた。返事もできずに、男のささやきに似た告白を聞く。
「あなたにもう一度会う日だけを心に、私は、生きたんです」
「────、」
名前を呼ぼうとして、不意に喉が詰まった。
包帯を巻いているせいだろうか。……いや、違う。
「……ルーファウス様」
男が慎重に近づいてきて、ゆっくりと身を屈めた。
目の前で跪いた男を、唇を噛みしめて見下ろす。
「あなたの存在がなかったら、私は生きようともしなかった……私のすべては、あなたのものです。ルーファウス様、あなたが何をなくしても、私があなたを忘れる日などありえない」
伸ばされる手をつかもうとして、まだうまく腕が動かない事に気がつく──もどかしさに唇を開いて、けれど声も出せず、ぼやける視界のなかで男を求めた。
ただちいさく動いただけの、ルーファウスの膝のうえにあった手に、男の手が触れる。
かすかにふるえる指先を包み込むように、ゆっくりと男はルーファウスの右手を自身の手に取った。
「ルーファウス様」
名前を呼ばれて、ルーファウスは見上げてくる男の手を何とか握り返した。
体温も感触も、記憶と何ひとつ違わない。
「約束をしてくださいますか」
「………約束?」
「私は、もうあなたを離せそうにないから」
微笑を刻む男のせつなげな色を湛えた黒に、ルーファウスは息を呑む。
「───約束してください。もう、離れる事などないと」
常に死を背にしていたふたりには、無縁だった約束の言葉を、何よりこの男が言うのがルーファウスは信じられなかった。
──けれど、嘘でもよかった。
「………離すな」
一度、なくす絶望を知ったから。
もう一度出会ってしまったから。
「離さないから」
答えた瞬間に抱きしめられて、ひさしぶりの香りに顔を埋めた。
「────ツォン」
スーツが濡れるな、とかすれた声でつぶやいたルーファウスに、かまわないですよとツォンは笑った。
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