嘘を、吐いた。
「何も危険などありませんよ」
笑いながら、その青い瞳にどこか不安げな色を湛える青年へ告げる。
気丈にもそんな事は欠片もないというように、ルーファウスはまっすぐにつよい視線をツォンに向けているが、まさかこの若き王に対してツォンが何事か見逃すはずもなく。
そしてそんなツォンが、ルーファウスに嘘がばれないようにする事は、造作もなかった。
「これでもタークスの主任を務める身です。現場には最近出向いていませんが……腕は鈍っていません」
「その言葉、信じるからな」
「私を信用してくださらないのですか」
「お前は嘘吐きだから」
ふ、とこぼされた微笑に、苦笑のようなものを返した。
「……ツォン」
「はい」
「行くのか」
「あなたの命令です」
「取り消すと言っても?」
「行きます」
まっすぐに告げた言葉に、ルーファウスは肩をすくめた。くるり、と背を向けて、まるで意味があるようにデスクのうえにある書類をぱらぱらとめくって弄り始める。
「冗談だ」
「社長、」
「行け」
そう告げたきり、振り向く事はない背中をツォンは数秒間見つめていたが、彼が見えてないとわかっていながらしずかに一礼して踵を返した。
扉に手をかける前に振り向いたが、その背は微動もしない。
ぱら、と紙をめくる音が耳に届き、それを最後と一瞬目を伏せ、ドアノブを握る。
「───ツォン」
そのとき届いた呼びかけに、振り向こうとしたツォンはその途中で、とん、と背中に当たった体温に動きを止めた。
「………ルーファウス様?」
視界の隅に映った金髪が背中に埋められているのを認めて、ツォンは前を向いた。わずかに頭を垂れて、背中に触れる体温を目を伏せて感じる。
───手が、背中に触れている。
額も、唇も、
「……帰ってこい」
「……………」
「ずっと」
………ずっと、まっているから、
「───帰ってきますよ」
熱、体温、声、からだの細胞ひとつひとつ。
血にまみれる戦場へ向かう前に、そのすべてに心が澄み、精神は洗練される。
「あなたのもとへ、帰ってきます」
これから私が向かう先には、何の危険もありません。
私を脅かそうとするものなど存在しません。
私の命が、あなたを置いて死ぬ事などありえません。
「すぐに、帰ってきますよ。ルーファウス様」
大丈夫です、と笑った言葉に、背中に触れる体温がとん、と前へ押すように彼を叩いた。
振り向いた先で、神羅の王はとてもうつくしく──そう、そうとしか形容できないほど秀麗に──笑っていた。
「いってこい、ツォン」
「……はい」
いってまいります、社長。
微笑んで答えたと同時に、扉は開いた。
───そうして、閉ざされる、かたちのない扉を、見ていた。
(……霞む、)
はぁ、と息を吐き出して、ふらりと立ち上がる。おぼつかない足取りで何とか歩んだ先にあった、これは柱なのだろうか──とにかくつめたい石に、縋るように手をやった。
(だから、あなたは、まだ、私がいないと、)
だめなんですよ。
自意識過剰すぎるかもしれない思考は、痛みとおぼろげな意識のせいで理性を消していた。
(あなたは、こうやって、まちがえるから)
私がいないと、
(………だめ、なんです、)
あなたがいないと、こうやって、地を這いずってでも私は生きようとしなかっただろうという事とおなじように。
(ルーファウス様)
すぐに、帰るから。
約束の地へ、あなたを連れて行くために。
(………あなたを置いて、死ぬ事など、)
とても、あまい嘘だったと思う。
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