幼い頃に、あなたは素直に言った。「何だか嫌なにおいがする」
そのときから私は血のにおいを纏ったままあなたと会った事はない。
「───ツォンさんッ!」
悲鳴にちかい声に振り向いた先には、───銃口。
「ッ、」
ちいさく舌打ちをもらすよりも前、銃を握る手を直接つかんで押し退ける。その反動を利用して飛び退いたとき、その銃はあらぬ方向(空だ)に向かって放たれていた。
銃声、それを聞き終える前に相手のつかんだ手をひねり、足払いをかけて地面に倒す──
「ツォンさんッ、大丈夫ですか!?」
高めの女性の声に振り向くと、イリーナが薄暗い路地の向こうから駆け寄ってくるところだった。銃を取り出しながら、ああ、と息を吐くと同時に答える。
「助かった。ありがとう、イリーナ。……レノたちはどうした?」
「あ、まだあそこの屋上だと思います。呼びますか?」
「いや、いい。こいつを連れて帰る事が先決だ。仲間は……」
「レノ先輩とルード先輩がやってくれてます。じゃ、連れて行きましょ──あれ、気絶してる……情けないですね」
もう、と大きく息を吐いて倒れた男を見下ろすイリーナへ、報告してくる、と言ってツォンはすこし離れた。イリーナと男が視界におさまる程度に距離を置き、携帯電話を取り出して番号を呼び出す。
『───ツォン?』
二回ほどのコールで出た上司の第一声に、思わず微笑をこぼした。
「はい。任務が完了しましたので、ご報告を」
『そうか、ご苦労。ちゃんと生かしてるか?』
「勝手に気絶しています。リーダー格だけしか生存は確認していませんが……あとはレノとルードに任せているので。連絡をとりますか?」
『いや、いい。とりあえずリーダーがいればいいだろう。とにかく帰ってこい』
───まってる。
最後はささやくように言われて、はい、とうなずいた。
「皆で帰ります、ルーファウス様」
通話をおえて、ふと顔を上げると、いつのまにかレノとルードも合流していた。ルードとイリーナは電話したり、男を連行する準備をしているが、レノだけは男のそばにしゃがみ込んでさきほどツォンを狙った銃を手にしげしげと眺めている。
───まったく。
ため息を吐いて、足音を消してそばまで歩み寄ると、横から容赦なく銃を取り上げた。あ、とレノが顔を上げて、ふざけたように笑いながら立ち上がる。
「何やってる、バカ」
「だってこの銃めずらしいですよ、俺ほしーなー、と……」
「バカな事言うな」
バカバカ言いすぎ、という抗議は黙殺して、息を吐いた。レノを見て、ルード、イリーナと見る。皆が怪我ひとつしていない事を確認して、そしてふとスーツの埃を払いながらにおいをかぐ。
「───血のにおいはしてないぞ、と」
その仕草に気がついて、横からレノが言う。
そうか、とうなずいて、安堵したツォンは男の銃をしまった。
「血のにおいがあると、何かまずいんですか?」
たしかにいいにおいじゃないですけど、そう首を傾げるイリーナの疑問に、ツォンが口を開くよりさきにレノがおもしろがるように笑いながら答えた。
「主任なー、社長がちっちゃい頃、任務のすぐ後会ったときに、嫌なにおいがする≠チて避けられたんだとよ、と。それがショックで気ぃ遣いまくり」
俺たちまでそうさせられるんだもん、と言うレノに、イリーナはそうなんですか、とすこし驚いた様子だ。
じゃあわたしも気をつけなきゃな、そう考えるように言った後、ふと思いついたようにツォンに向かって問いかけた。
「でもさすがに、いまは平気でしょう?社長、もう社長なんですから」
言葉にするとおかしな感じだが、たしかにその通りだ。うなずきながらツォンは、微笑を浮かべた。
「………ああ、だが、そんな事はしない」
あなたが一度でも嫌がった。
理由はそれだけで充分だ。
言葉にすればあなたは笑うだろう。まだそんな事を気にしていたのかと、気にしなくていいと、もう大丈夫だと言うだろう。
それでも私は守るだろう。
あなたに血のにおいはいらない。
あなたのまつ場所へ我々は帰る、
そのときどうか笑ってほしいから。
「───んじゃ、」
ぱん、と手を打って、空気を入れかえるようにレノが言った。ツォンはああ、とうなずく。
「帰るぞ」
────彼のもとへ。
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