………さむいな。
ぽつり、とつぶやいた言葉に、目の前の男は申し訳なさそうにすみません、と返した。
ルーファウスは苦笑した。ただこぼしたひとりごとのようなものに返されても、こまる。
「謝るな。べつにお前のせいじゃないだろう」
「いえ……でも寒かったでしょう?中でお待ちになっていてくださればよかったのに」
「ここにいた方が驚くかな、と思って」
そうこどものように笑われると、ツォンはもう何も言えなくなる。
それをわかっていながらルーファウスは微笑み、立ち上がった。長い事──といっても三十分ほどだが、この寒さの中だと時間など関係ない。
クリスマス。
世間が浮き足立って、皆が騒ぐ行事。
そんな日に関係なく、当然、ツォンもルーファウスも仕事だったが──とくにふたり、何も約束はしていなかった。仕事だという事がわかっていたから、というのが第一で、さらにその仕事が二十五日以内におわるかどうかもあやしかったからだ。
結局ルーファウスの方が仕事ははやくおわって、サプライズを企んでこっそりとツォンの家の前でまっていたわけだが──さすがに寒い。
「中に入れてくれるか?」
「当たり前です」
ツォンはいっそあきれたようなため息をこぼしながらも、ちいさく笑んだ。それに気をよくして、ルーファウスも笑みをふかくする。
ツォンの指先が自宅の鍵を開き、中へ導かれるままに足を踏み入れる。
合鍵はもらっていたけれど、今日は何となく──いつもと違い、外で、まっていたかった。
中でまっているよりも驚くだろうから、そんな顔が見たかったから、という事ももちろんだけれど。
冬の空気のせいかもしれない。
つめたくて、きれいな、空気。
「どうぞ。いま部屋を暖めますので──」
そう言って、ぱたぱたと部屋の奥に進むツォンのあとを、のんびりと追う。
すでにもう何度か来ているリビングに入り、ルーファウスは暖房器具を調整しているツォンの背へ、言った。
「ツォン」
「何ですか?……ルーファウス様、そんなところでお立ちになっていないでお座りに───」
……なってください、と言葉が紡がれる前に、その背に腕をまわした。
背中から抱きつくように、彼を抱きしめて──背に、顔を埋める。
外から帰ってきたばかりで、当然のごとく、ふたりともつめたい。
けれど、心地よかった。
「………ほんとうは帰るつもりだったんだ。もう日付も変わるし、ここ最近ずっと働き詰めで疲れていたから」
お前もな、と笑う。
ツォンのからだにまわした手に、彼の手が触れた。
冷えた手。けれどその体温が愛しい。
「でも帰りの車で、クリスマスのイルミネーションを見て、お前の言葉を思い出した。だから来た」
「私の……?」
「クリスマスは、いいものだと」
ささやくような思い出の話。
───幼い頃、世間がどんなに浮き足立っても、皆がどんなに騒いでも、ひとりのルーファウスには理解できなかった行事。
「しあわせに笑う人間が、多くなる──そんなきっかけのような、日だと言ったから」
お前が言ったから、
「──ここに来たんだ」
こどもみたいだけれど、そう、ルーファウスは笑みをこぼす。
「………いまは、しあわせですか?」
しばらくは何も言えなくて、沈黙を守っていたけれど──どうしても訊きたくて、ツォンは、そう問うた。
それこそこどものような問いを。
恐れにも似た想いを抱きながら。
『しあわせ?』
『そう、ですね──ええ、そんな感じです。口実のようなものですけれどね。けれど、こんな無理矢理にでも祭りのようなものがあれば、皆楽しむ事ができると……思います』
『そういうものなのか?』
『おそらく──望みのようなものですが』
『おまえはどうなんだ?ツォン。クリスマス、たのしいか?』
『……ええ、きっと』
『そか』
『あなたは?しあわせ……ですか?ルーファウス様』
『おれは、───別に』
「しあわせだよ」
あたたかな声。
「お前がいるからな」
それだけじゃないが、そうつけ加えられる意地の悪い言葉。
ツォンは力を抜き、安堵したように微笑んだ。
ルーファウスが見れなかった事が、残念なくらいにやさしくてあまい微笑。
「お前は?ツォン」
繰り返される質問。
「………私は、いまもむかしも、」
手を、引き寄せて、くちづける。
「あなたがいるだけで至上の幸福を得ています」
つめたいのにあたたかい答とキスに、ルーファウスはうれしそうに笑った。
それも、ツォンが見れないのが悔やまれるほどに──とてもうつくしくて、やわらかな、微笑だった。
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