「あ。」
しまった、とルーファウスが舌打ちした、そのちょうどいいのか悪いのか曖昧なタイミングで、ツォンは煎れてきた紅茶を差し出した。
そしてペンをくるくるとまわすルーファウスの肩越しに、ツォンと紅茶にも気がつかずうんうんうなりながら凝視している紙束──書類──を見下ろす。
「……何かお困りですか?」
「わっ!」
気遣いの声にはじめて気づいたらしく、ルーファウスはびくっと大袈裟ともいえるふうに驚いて、振り返った──そして疲れたように息を吐く。
「驚かせるなよ、ツォン……ああ、ありがとう」
紅茶を見て、それを手に取り一口含みながら言うルーファウスに、ツォンは書類に素早く目を走らせながら、つぶやくように返す。
「申し訳ありません、……問題ですか?何の変哲もない報告書に見えますが」
「ああ、問題はないんだが、ちょっとな……こいつの報告書が記憶にある前のやつと食い違っているんだが、その以前のやつを社内に置いてきてしまった」
はぁ、とルーファウスは物憂げにため息を吐く。
一年がおわり、新しい年が明けるといっても──変わらず仕事は山積みで、けれど今日は家でツォンと過ごすと言い張ったルーファウスは、しかしどんなにがんばってもおわらない仕事を結局持ち込む事になった。
ツォンもおわってはいないのだが、それは今年中という事ではないので会社に残してきた。どうせ新しい年がきても、初日から出勤だ。
「しまったな……今年中にファックスしないとリーブがまたうるさい……」
「しかしルーファウス様、今年はもうそろそろおわりますけど……」
「え」
……仕事に集中しすぎて、気がついていなかったらしい。
ペンを持ったまま、壁にかけられた時計を見て硬直したルーファウスにツォンは苦笑する。
今年もあと五分ほどでおわる。
それを確認して、ルーファウスはあきらめたのかペンを放り投げた。金髪をがしがしかいて、リーブには五分後謝ろうとつぶやいて、ソファにふかく身を沈める。
ツォンはそのとなりに座って、ルーファウスに微笑みかけた。
「おつかれさまです、ルーファウス様」
「結局おわらなかったけどな。……何だかんだいって、仕事ばっかりだったな。すまない」
「仕方ありません。五分間、せめておやすみください」
そうだな、
ルーファウスはつぶやくように答えて、息を吐いた。
しばらく沈黙が降りて、静寂が満ちる。
それを破ったのはルーファウスのしずかな、やわらかな声だった。
「ツォン」
「はい」
「ありがとう」
「……何に、ですか?」
「さぁな。過去現在未来、すべてに対してかな。お前と一年の最後と最初に過ごせる事に浮かれているんだ、流しておけ」
「すみません、記憶力はいいもので」
まったく、とルーファウスが笑みをふかくした。
「あ」
「何ですか?」
さきほどとおなじように唐突に声を上げたルーファウスに問うと、彼は時計を指差した。
それを見て、ああ、とうなずく。
「あけましておめでとうございます」
「うん」
当然のようにルーファウスはうなずいて、ツォンに手をさしのべた。
浮かべる笑みは不遜そのもの。
吐き出される声と言葉は凛とした、つよい意志を伴ったもの。
「今年も変わらず──そしてこれまで以上の忠誠で」
宣告される、たしかな真実。
「私とともに歩め。ツォン」
ツォンは微笑を返し、その手を取った。
その白い手の甲にくちづけて、
「───仰せのままに」
ふたりで視線を合わせて、笑った。
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